護るために #2
十月七日
田代さんたちの抗争はもう始まっているらしい。静かに、そして激しく。
そろそろ薫が狙われる頃だと思っている。誘拐もしくは暗殺の場合、ターゲットの行動パターンを確認するのに大体一週間か十日かける。同時に作戦実行に最適な場所を探す。ましてや不慣れな土地であれば十分に準備に時間を掛ける。そして、それから実行する。今日当たりは作戦実行に最適な日だ。僕が奴等なら、今日の下校途中を狙う。
やっぱり奴等も同じことを考えていた。
この数日は、薫に絶対にひとりで帰るなと言っておいた。薫は理由がわからないながらも、一緒に帰れるのを喜んでいた。無用な恐怖心を与えたくなかったから、誘拐されるかもしれないなんて言わなかった。というよりも、言えなかった。誰にも。
ここ数日、いつもの道を通らず、一度通った道を二度通ることを避けていた。登校するときも、下校するときも。薫を必ず歩道側や壁側に押しやる形をとり、車道側には立たせなかった。
住宅街を歩いていると、前方からマーク2が一台走ってきた。その車には三人の外国人が乗っているのが見えた。奴等が五人と聞いていて、全員で襲ってくると予想していたのが誤算だったらしい。
あっという間だった。車が急ブレーキを掛けて停まったと思ったら、助手席と後部のドアが開いて、男が二人攻撃を仕掛けてきた。ナイフを出す暇を与えないとても早い攻撃だった。助手席に乗っていた男が攻撃をしてきた。武器はなし。普通の高校生だと思っていたのだろう。僕が攻撃に対処し、反撃に出たのにとても驚いた表情をしていた。訓練の時以上に動けたが、結局急所に当て身を食らって気を失ってしまった。薫が後部座席に押し込まれるときに叫んだ言葉がやけに耳に残っていた。
「いや! たすけて! ツクル! ツクル! ツクル!」
気を失っていたのは一瞬だったらしい。
くそっ。やつらのミッションは成功してしまった。僕はまた失敗してしまったんだ。
どうしたらいい? どうしたらいいんだ。・・・考えろ。考えるんだ。
一旦部屋に戻り、地図を広げた。奴等は三人だった。合流する必要がある。そして、ミッションが成功したことをどこかに報告するだろう。傭兵にとっては、雇用主の指示はほぼ百パーセント守る義務がある。衛星電話か携帯電話を使うかもしれないが、次の指示を待つだろう。そうしたことがじっくりとできる場所。そして人目につかない場所。それを探せ。探すんだ。地図を彼女がさらわれた場所からじっくりと眺め、次に少し上のほうから眺めた。
あった。去年の冬の、あの楽しい幽霊騒ぎがあった場所。バイクで見に行ったことを思い出した。建物はそのまま残っていたはずだ。N工業株式会社○○工場跡地。
あそこなら彼女がさらわれたところから予想される逃走ルートに近い。そして長期間隠れることができる。実際に、あの時僕が会った人たちは何日もあそこに暮らしていた。幽霊としてではあったけれど。
あそこは純然たる工業地域で、周囲に住宅もないから人目を気にする必要が無い。もともとが大規模工場で、かなり広い敷地だから、多少の音を出しても気にする必要も無い。
V―MAXの鍵を出し、装備の確認をし、制服から私服へ着替えた。カーゴパンツの腿の所のポケットに短刀を一本入れ、予備のマガジンを二本入れた。事前に用意できたカメラマン用のベストのポケットに、予備のマガジンの残り二本ともう一本の短刀を入れ、ハンドガンは迷った挙句ベルトに差した。ワークブーツを履いていると、電話が鳴った。
「おい、創かっ? てめぇ、何してやがった! あっさりやられちまいやがって!」
田代さんだった。言わないでくれよ。
「情報がある。彼女の居場所だ」
「N工業株式会社○○工場跡地、ですか?」
「なんでぇ。知ってたのか?」
「地図を見て考えました。そこしかないだろうと。これから行きます」
田代さんは考えていた。受話器が沈黙で凍っていた。
「俺たちの方はそろそろけりがつく。これから俺も行く」
「来るなら夜が明けてから来てください。それまでは僕の時間です」
「てめぇ!」
「お願いします。それまでにけりをつけます」
また田代さんは考えていた。
「わかった。じゃあ、明日な」
そして電話が切れた。
すぐにバイクに乗り、N工業株式会社工場跡地を目指した。スピード・メーターを見なかったからわからないが、ずいぶんと飛ばしていたようだ。すぐに着いた。
なるべく遠くにバイクを止め、ゆっくりと建物に近づくことにした。ハンドガンのスライドを引いて、初弾をチャンバーに入れた。そして周囲の状況を確認した。訓練どおりに。
工場には確か五棟の建物があって、それぞれが独立して建っているが、中はどの建物もがらんどうのはずだった。車は多分そこに直接入れて隠されているだろう。端から確認していけばいい。ゆっくりと、慎重に。彼女を盾にされることだけは避けたかった。一人ずつ、ゆっくりと片付けていく。慎重に。音も立てず、声を立てさせず、ゆっくりと。
以前来たときと同じように、遠くから建物の周囲を確認した。東から五棟並んでいる。変わっていない。
外には人影が一つしか見えない。何度周囲を遠くから慎重に回って確認しても、一人しかいない。
通常は、人質を取っているなら全員が同じ部屋にいるか、歩哨を出すなら五人の内から三人を選んで外に立たせる。残りの二人で人質の監視をする。そう考えていた。でもそれは間違っていた。
奴らが襲撃されることを予測していないと考えた。形だけ警戒しているだけに過ぎない。そう思った。
良く見たら、その男はサプレッサー(減音装置のことだ)つきのM4A1カービン(僕も使っていた)を持っていた。
しばらく見ていたが、どうやら退屈しているらしい。あくびを何回もしている。歩哨としてのレヴェルが低すぎる。遠回りをして、回り込むようにすれば背後を取れるみたいだ。そう考えて、その通りにした。
彼の背後に立ったとき、彼はまたあくびをした。すでに短刀を腿から引き出しておいた。あくびが終わったところを見計らって彼の口をふさぎ、心臓の辺りを刺した。可哀想に彼は、グッ、とだけ喉を鳴らして死んだ。彼の死体を音がしないように慎重に、できる限り素早く工場の後ろにある林の方へ引きずって行った。跡は残っていなかったので安心した。
残り四人。
死んだ男が持っていたカービン銃とハンドガンを取り上げ、予備のマガジンをポケットに入れた。そしてまた、様子を窺う為に気配を消した。
一人が真ん中の建物から出てきた。大きなドアを少しだけ開けて。光が漏れていた。どうやらあの建物らしい。しかも中のトイレは使えないらしくて、出てきた男は建物の角のほうへ回って見え難いところで小用をたしているらしい。それを瞬時に判断し、訓練通りにセレクターをセミ・オートにクリックし、セーフティを解除した。そして、男の頭部を狙って一発だけ撃った。暗視装置もスコープも、何の補助装置も無かったけれど。目は暗闇に慣れつつあった。彼は何も言わず、崩れ落ちた。
あと三人。
どうやら実戦経験の豊富なプロといっても、玉石混交のチームらしい。それに、チーム・リーダーは自分のチームを統率しきれていないようだ。
一人、小用をたしに出た男が戻ってこないのを不審に思ったのか建物から出てきた。いくら用心しながらとは言え、こちらからは丸見えになっている。それに気が付いていないらしい。普通は少しでも不審な事があると全員が警戒態勢に入るものだ。男が建物から離れ、撃ち殺した男のところに行く途中で、また一発撃った。その男も何も言わずにその場に倒れた。
残り二人。
やっぱり玉石混交だ。薫を車に押し込めた奴が、思ってもいなかった襲撃者に恐怖したのか、カービン銃を二丁脇抱えにしてなにやら吼えながら建物から出てきて、弾を無駄に撃ちまくった。それも見当はずれの方へ。銃声が一回やんだ。
奥から何やら叫ばれている。やめろとか言われているんだろう。聞いたことの無い国の言葉だった。それでも吼えていた男はマガジンを入れ替えると、また撃ち始めた。すぐに銃声はやんだ。何しろ、フル・オートで撃てば数秒で弾は無くなる。向こうの弾が無くなったところで、一発撃った。
吼えていた男はへなへなと崩れ、動かなくなった。
あと一人。こいつが問題だ。僕の気を失わせた男。多分チーム・リーダーだろう。
吼えていた男が崩れたと同時に中の照明が消えた。
ちっ。薫の場所もわからなくなる。先に確認しておくのだったと後悔した。しかしそれは杞憂に終わった。男が出てくる気配がしたからだ。ゆっくりと、慎重に。ハンドガンを持っているらしい。M4A1のセレクターを確認した。
どうやらこちらに気が付いたみたいだ。何発か牽制で、だけどしっかりと狙って撃ってきた。慎重に場所を移した。無駄に連射をして弾が無くならないように注意しながら。




