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安息の地  作者: 月夜見
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平穏な日々 #19


七月二十二日

 期末試験も終わり、いつの間にか梅雨も明けていた。あれから何度か恭平さんや田代さんと電話で他愛もない話をし、村上と女の子のことでいつものやり取りを繰り返していた。たまに、いつもの奴がやってきて僕を苦しめた。


 朝、制服に着替えていたら電話が鳴った。田代さんからだった。

 「珍しいですね。こんなに早い時間に電話してくるなんて」

 「俺だってたまには早起きくらいするさ。ところで、今夜ひまか? 一緒に飯でもどうだ?」

 「いいですよ。直接話すのも久しぶりですし」

 「よし、決まりだ。ウチの若いのを迎えにやるから、俺のアパートまで来てくれ。その後で飛び切り旨いもんを食わしてやる」

 「期待していますよ」

 僕らは笑って、電話を切った。

 そしていつものように薫と連れだって学校へ行き、昼休みには知らない女の子が作った弁当を食べる羽目になった。平穏な日常。


 放課後、まっすぐに部屋に戻り、田代さんが言ったとおりの迎えを待って、それから田代さんのアパートへ行った。

 そこは、オートロックがありながら警備員が常駐しているような高級なアパートメントだった。彼の部屋の玄関に連れて行かれた。

 「よう、意外と早かったな。まあ、ちっとあがれや」

 田代さんはそう言って部屋の中に招き入れてくれた。居間には綺麗な女性がソファに寝そべるように座っていて、僕を見てこう言った。

 「こんにちは。あなたが彼のお気に入りの御堂君ね。いつも噂は聞いているわよ」

 「それはどうも。初めまして」

 この人は田代さんの奥さんかな? そう思っていたら寝室と思われる方から上着をはおりながら出てきた彼が言った。

 「ああ、こいつは俺の女房の美沙だ。覚えておいてくれ。おい、他の男の前でだらしない格好で座ってんじゃねぇ」

 「いいじゃない、別に。あんたが一緒なんだから」

 気心が知れているとでも言うのだろうか、そんなやり取りが好ましく思えた。

 「じゃあ、俺たちは飯を食いに行くとするか。美沙、後は頼んだぞ」

 「ええ、わかっているわ」

 そして車に乗って、レストランへ向かった。そこはこぢんまりとしたステーキハウスで、あまり客がいなかった。それでも、そこのステーキは絶妙な焼き加減で、田代さんが言ったとおり美味しかった。

 思ったことを正直に言うと、彼は自分のことのように喜んでこう言った。

 「だろう? この店は俺のお気に入りなんだ。でも狙われると困るからあまり来れねぇんだ。だからな、お前みたいな友達しか連れてこねぇ」

 たとえ嘘でも嬉しかった。それくらい美味しかった。彼は楽しそうにオールド・パーをロックで飲みながらステーキを食べ、僕の学校での話を聞きたがり、そしてそれを聞いてまた楽しそうに笑った。

 しばらくしてから、真顔でしかも小声で聞いてきた。

 「で、この前の話の続きなんだけどよ。お前、どこであんな技覚えたんだ? 生半可な鍛え方じゃねぇな。武道をやってた人間の動きでもねぇし、かと言って喧嘩で慣らした技じゃねぇ。それに、最初に会ったときの鮮やかな逃げ方もな。そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇか?」

 仕方ない、話すことにするか。半ば諦めて少しだけ話すことにした。

 「外国で覚えたんですよ」

 「どこだ?」

 「X共和国」

 「中東だな。しかも今は内乱状態で国連でも手をつけられない状態のあの国か」

 力でのし上がったと言う割に、結構国際情勢は知っているみたいだ。

 「ただの護身術の教室ってわけじゃぁねぇだろ? お前が教わったところは、そうだな、・・・多分、傭兵の訓練所ってとこか」

 よくわかったな。少し驚いた。

 「傭兵というか、特殊部隊員の養成所って言う方が正解かもしれないですね」

 「で、そこでお前は何から何まで訓練を受けたってわけだ。そうだろ? そうでなきゃ俺がサシで負けるはずがねぇからな」

 すごい自信だな。苦笑しながら彼の言ったことを肯定した。

 「そうですよ。それこそ近接戦闘術から要人警護まで。爆弾の解体もやりましたよ」

 「本当におもしれぇ奴だな。お前って奴は。それだけのことを身に着けていながら、今は平凡な高校生ってわけだ。本当におもしれぇ」

 「そんなに笑わないでくださいよ」

 「笑ってねぇよ。おもしれぇって言ってんだ」

 「同じじゃないですか」

 不思議と気分は悪く無かった。僕らは笑った。そして彼はとんでもないことを聞いてきた。

 「ウチの若いのをそこに入れたとして、モノになるもんか?」

 なんだって? あんなところに入れるつもりなのか? 死んじゃうぞ。

 「無理です。現役の特殊部隊員でも再起不能になったくらいですから。多少喧嘩が強いくらいの人じゃ最初の三十分で逃げ出しますよ。我慢できたとしても二日目に死にますね」

 「ふうん。そんなにきついのか・・・」

 確かにきつかった。訓練中に何人も死んだ。僕が殺したんだ。六人も。仲間たちを。自分の手で。僕がトリガーを引いて。そして僕がナイフを付きたてて。

 でも家族を護りたかった。だから、途中で逃げ出すのが嫌で一年間訓練を受けただけなんだ。だけど彼らを護れなかった。護ることができなかった。訓練は無駄になってしまったんだ。

 あの爆弾を見つけたときにはもう発火していた。皆に、伏せろと言ったけれど、それはすでに遅かった。遅すぎた。僕のせいでみんな死んでしまった。あんなにつらい思いをしてまで訓練をしたのに。死にたいと思うくらいつらかったのに。仲間を何人も殺して生き残ったのに。全てが無駄に終わってしまった。

 そんなことを思っていたら、田代さんは優しく言った。

 「嫌なこと思い出させたようだな。わりぃ」

 「謝らなくていいですよ。気にしてないですから」


 その後はまた、二人で他愛もない話で盛り上がった。気分は悪くならなかった。でも、帰ろうとしたら引き止められて、田代さんの家でお酒を飲まされた。二日酔いになるくらいに。

 

七月三十日

 夏休みになり、気楽に毎日を過ごしていた。相変わらずバイクに乗ってふらふらと走り回ったり、音楽を聴いたりしていた。こんなに平穏で良いのだろうかと、自分だけがこんなに平和な日常生活を過ごして良いのだろうかと思うくらいだった。時折、例の奴がニヤニヤしながらやってきては、猛烈な胃の痛みと世界の暗転、そして吐き気を残していった。

 

 そんなとき、数少ない友人の一人である恭平さんから電話がかかってきた。

 「やあ、久しぶりだね。元気かい?」

 「ご無沙汰しています。相変わらずお忙しいようで」

 そんな決まり文句の挨拶もそこそこに、彼は驚くようなことを言った。

 「君は、由紀のことをどう思っている? 恋愛感情は持っているかね?」

 空いた口がふさがらなかった。慎重に言葉を選んだ。

 「・・・由紀さんは、大事なクラスメイトで、数少ない友人の一人です。そして彼女は親切にしてくれます。僕はそれをとても嬉しく思っています」

 「・・・そうか」

 「恭平さん、なにかあったんですね?」

 そう言った。

 「ああ、・・・・・。実はな、君だから言うのだが、・・・娘には許婚がいるんだ。で、先方が婚約を急ぐように言ってきたのだよ」

 言葉を失ってしまった。

 「娘はその許婚に昔からよく懐いていてな、よく彼と会っていたらしい。食事の席で彼の話題がよく出ていた。それがな、転校した途端にその許婚とは会わなくなったようなのだよ。そして食事の席で出る話題が、許婚の彼のことから君のことに変わった」

 「・・・・・」

 いったいどうしろって言うんだ? 許婚に代わって彼女と婚約しろと? 彼女を好きになれと? そう言いたいのか? 恭平さん?

 「どうやら、先方は君の事を調べたらしい。生活環境から交友範囲まで。あの田代君のことも知られているようだ。彼らはそれでとても焦っている。すぐにでも君から娘を引き離したいというのが、由紀を手元に置きたいというのが、すぐにでも結婚させたいというのがどうやら本音のようだ。先方に由紀のことを気に入ってもらえているのは私としても非常に嬉しいのだが、本人の気持ちを考えるとな」

 「ところで、恭平さんはなぜ田代さんのことをご存知なんですか?」

 「ああ、例の一件で彼の組織の上層部に直談判したときに彼も同席していたのだよ。なかなかの好青年だ。暴力団員でなければ私の部下に欲しいくらいだ。頭の回転が早く、なにより行動力がある」

 友人同士で繋がっているとは。恭平さんの言ったとおり、世の中は広いようで狭い。

 「率直に言って、どうしたら良いのかわかりません。由紀さんのことを好きかと聞かれれば、確かに好きだと答えます。でも、それが恋愛感情なのか、ただの親愛の感情なのか、判断ができないんです」

 「・・・・・」

 「それに、彼女から告白されたわけでもないです。しばらくは、できれば高校を卒業するまでは、彼女の好きなようにさせてやって欲しいとしか、僕には言えません。」

 「由紀が君に好きだと言ったら、娘をもらってくれるかね?」

 恭平さんもただの父親なんだな。発想が飛躍している。それに気が付いてない。いつもは冷徹なコングロマリットの総帥なのに。

 「無粋な言い方ですが、検討する、としか言えないです。娘をもらってくれるかって?発想が飛躍し過ぎていますよ、恭平さん。それに、恭平さんだって僕がどう答えるか知っていて電話してきたのでしょう?」

 はっきりと言ってあげた。

 「・・・実はそうなのだよ。やはり君は私の友人だけあって鋭いことを言う。確かに君がどう答えるかはわかっていた。・・・やはり先方には無理を言って、私の思うように、そして君の言うようにしばらくは本人のしたいようにさせよう。せめて高校を卒業するまではな」

 彼は何か吹っ切れたような声で言った。そしてこう言ってから電話を切った。

 「やはり電話して良かったよ。持つべきものは友人だな」

 なんだかこそばゆいぞ。過大評価されているような気もするし。



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