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安息の地  作者: 月夜見
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平穏な日々 #17

六月六日

 昨日の出来事はいつの間にか学校中の皆が知っていた。もちろん、人の生命にかかわることだとわかっていたらしく、ひそやかに噂されていた。その噂では、僕が命がけで悪い奴らから片桐さんを護ったことになっていた。ただジェームズが言っていたようにしていただけなのに。状況を判断し、考え、行動する。一瞬のうちに。


 噂の発信源は、当事者である片桐さん本人だった。村上からそのことを聞いて愕然とした。自分で言いふらすようなことか? 生命が危険にさらされているんだぞ。そう思った。

 菅野さんはなぜか難しい顔をしたままで僕や片桐さんの方を見ていた。薫は涼しい顔をして知らぬ振りを決め込んでいた。

 「昨日のことをあちこちで言っているようじゃないか? あまりに無用心じゃないのか?」

 片桐さんを捕まえてそう言った。

 「あら、いいじゃない。あなたが私を助けてくれたのは事実なんだし。怪我もしなかったじゃないの」

 何で嬉しそうなんだ? 理解できないぞ。

 「今度はそう上手く行かないかもしれない。奴らが最初から撃ってこなかったのが不思議でならないんだ。奴らは皆ハンドガンを持っていた。それなのに武器で言うことを聞かせようとはしなかった。昨日のはただのデモンストレーションでしかない。だから、次は確実に違う方法をとってくる。次は確実に最初から武器を使ってくる。あれだけの人数で来られたら手の打ちようが無い」

 「あら、心配してくれるの? 大丈夫よ」

 まだ、他人事のようだ。はしゃいでいるようにも見える。やれやれ。ため息をついた。

 「君の家のベントレーが完全防弾仕様なら助かる可能性はあるけどな。普通の車や徒歩じゃ完全に負けだよ。それだけは覚えておいたほうが良い」

 最後にそう言った。片桐さんは何も気にしていないようだった。大物だ。


 夜になってから、薫が部屋に来た。

 「お前はなにやらいつも誰かを助けているようじゃな?」

 部屋に入るなり、苦笑しながら彼女は言った。憮然として答えた。

 「好きでやっているわけじゃない」

 彼女は思いがけないことを言った。

 「もっとも、お前には私の方が他の誰よりも助けられている。済まぬ。でもなぜか、私はお前に助けてもらうことを望んでいるのじゃ」

 なんだって? これ以上トラブルを持ち込まないでくれ。お願いだから。そう思ったとき、またいつもの奴が笑いながらやって来た。あの耐えられないような胃の痛みと猛烈な吐き気を従えて。

 トイレへ駆け込んだ。そして吐いた。苦しい。つらい。悲しい。なぜあんなことができるんだ? そうだ、訓練したからだ。でも、それは家族を護るためだった。

 落ち着くまで、薫は心配そうに、でも黙って見ていた。そして背中をさすってくれた。玲子先生と同じように。でも、薫の手は僕の苦しみを休息に鎮めて行った。

 しばらくして薫は言った。

 「なぜ昨日、片桐と一緒に帰宅したのじゃ?」

 「一緒に帰ろうと誘われたからな」

 「方向が違うではないか。なぜ断わらなかった?」

 何でそんなことを言う?

 「さあ、何でだろうな。気が向いたからだとしか言いようが無い」

 「次は断わってくれ。頼む。お願いじゃ。そして明日から私と一緒に帰ろう。な? 良いであろう?」

 どうやら僕のことを心配しているらしい。それはよくわかった。でも、こいつ来る前に時代劇を見たな。口調が時代劇のお姫様になっているぞ。

 「そうだな。考えてみるよ」

 「どうしてお前はそういつも気まぐれなのじゃ・・・。人の気も知らんで」

 ポツリとつぶやいた彼女の言葉はよく聞き取れなかった。

 「今何て言ったんだ? 聞こえなかったぞ。もう一度言ってくれ」

 「な、なんでもない! き、気にするな! ただの独り言じゃ!」

 今度は怒り出したぞ。忙しい奴だ。ただ、彼女の口調が面白かった。相変わらずの不思議な口調。美しい顔。しなやかな体つき。そして甘く芳しい匂い。


六月十三日

 あれから片桐さんは完全にガードされる形で登下校していた。車は、今までのベントレーではなくて黒のメルセデスになっていた。すぐその車が完全防弾仕様のタイプであることが判った。窓ガラスが異常に厚かった。そして驚いたことにもう一台、SPと思われる、サングラスをした人間を四人も乗せたメルセデスがいつも一緒だった。

 どうやら僕が考えたことと同じことをご両親も考えたらしい。リスクが減るのは良いことだ。そこまで考えたところで、いつもの奴がやって来た。慌ててトイレへ逃げ込んだ。やっぱりつらかった。苦しかった。そして悲しかった。


 今日最後の授業が終わって帰ろうとしていると、片桐さんがやってきて言った。

 「お父様が、私を助けてくれたお礼を言いたいから今日、夕食を一緒にどうかって言ってるんだけど。もちろん来てくれるわよね?」

 また有無を言わせない態度だ。そしてまたずいぶんと高飛車だな。少しうんざりしながら答えた。

 「わかった。どうせ嫌とは言えないんだろう? 行くよ」

 「よくわかっているじゃない。それでこそ御堂君よ」

 そんな褒められ方されたくないぞ。

 そして彼女と一緒に防弾仕様のメルセデスに乗って、彼女の家へ向かった。

 食事はとても豪華だった。今までに食べたことの無い料理がたくさん出てきた。

 「御堂君だったね。お礼を言うのが遅れてすまない。私も忙しくてね」

 そう彼女の父親は詫びた。彼はいくつもの会社を経営していて,普段は世界中を飛び回っているらしい。

 「娘と君を襲った連中は、敵対する企業が雇った暴力団だったそうだ。どの組織かはすぐにわかったのでもう既に手を打ってある。だから安心してくれたまえ。ただ、一応念のために今のような形で娘を学校へ行かせているのだよ」

 「そうですか。それを聞いて安心しました。念には念を入れたほうが良いですから」

 「ところで、娘を助けてくれたときの様子は大体のところをこの娘から聞いているのだが、どこでああしたことを身に着けたのかね?」

 そらきた。予想通りの質問。

 「外国にいたときに、護身術を習ったものですから」

 あらかじめ用意しておいた答えを言った。だんだん気分が悪くなってきている。

 「ほう。外国へいたのかね。そうかそうか。ところで、食事も終わったことだし二人で話さないかね?」

 予想外のことを言われ、少し動揺した。しかしそれを隠して言った。

 「ええ、構いませんよ」

 片桐さんは不平を言ったが、彼女の父親は取り合わなかった。

 「男同士で話したいんだよ」

 そう言って彼女をあしらってしまったのだ。

 そして僕らは、彼の書斎へ移った。そこにはたくさんの蔵書と大きなデスクがあり、高級そうで座り心地の良さそうなソファが置いてあった。ソファに座るよう促された。予想通り、座り心地は良かった。今まで経験したことが無いくらいに。

 「君は外国に居たと言ったが、どこか聞いて良いかね?」

 もう隠すこともできないだろうと半ば観念して、正直に答えることにした。それに、この人になら話しても大丈夫だとなぜか思ったからだ。

 「X共和国です。父親の仕事の関係で行っていました」

 「そうか、中東だな。ああ、良かったら一本どうかね。ゆっくり話そうじゃないか」

 そう言って、彼はドミニカ産のシガーを勧めてきた。ずいぶんとくだけた人柄だ。

 「ありがとうございます。では遠慮なく頂きます」

 そのシガーはとても甘く、美味しかった。

 「・・・で、君は護身術を習ったといったが、・・・嘘だね?」

 ゆっくりとシガーをふかしながら平然と核心を突いてきやがった。

 「やはりお分かりになりましたか。さすがに経営者ですね、僕のようなリスク要因に敏感だ」

 気分が悪いながらも、悠然とシガーをふかしながら言い返した。

 「リスクに鈍感では会社の経営はできんよ。それに私は世界中を飛び回っているのでね。当然、X共和国のような危険な地域にも行くのだよ。・・・何回か危険な目にも遭った。君が娘にしてくれたことは、その時に護衛してくれたプロがしたことと同じだ。彼らは皆、元特殊部隊のエリートだ。だが、君はまだ高校生だ。どうして彼らと同じことができるのかね?」

 まだ気分は悪かったが、ゆっくりとシガーをふかして、考えながら言った。

 「・・・ほぼ同じ訓練をしたからです。向こうへ行ってすぐに、子供ながらに自衛する必要性を感じました。父に頼んでトレーニング施設に入れてもらったのですが、そこは特殊部隊員の養成施設でもありました。・・・そこで一年間、彼らと一緒にトレーニングをしました。そこでのプログラムの中に要人警護が入っていました」

 「それだけじゃないだろう?」

 またずばりと聞いてきやがった。他人には触れられたくないくらい過去を。

 「・・・ええ、ハンドガンでの射撃訓練から狙撃訓練。そして、近接戦闘術や爆弾の解体処理まで何でも訓練させられました。簡単に言えば人殺しの訓練を考えられるだけ全て」

 あっさりと言ってやった。でも、気分が悪い。

 「・・・やはり君だったか」

 今なんて言ったんだ? 耳を疑った。

 「一昨年、X共和国の隣のY国へ出張したときのことだ。護衛を依頼したチームのボスが、私と同じ日本人に、しかも十三歳かそこらの子供に、現役特殊部隊員と同じプログラムで訓練をさせたと言っていた。しかもその子は平然とそれをこなし、全て身に着けたと。自分の要求を百%満たしたと」

 「まさか・・・」

 「そのチームのボスは、ジェームズ・マッケンジーだ」

 やっぱり。僕らの教官だった男。死んだ方が良いとさえ思わせるようなプログラムを組んだ張本人。仲間同士で殺し合いをさせた男。そして悪魔の化身。

 「ジェームズは私にこう言ったよ。施設の規則が無ければ自分の部隊でもっと訓練させたかったと。次の部隊へ誘ったが断わられたと。そして彼はこうも言った。特殊部隊員として超一流になれる素質がある人間を見たのは久しぶりだったともね。私はその日本人の子供の名前を聞いた」

 「・・・・・」

 「・・・ツクル・ミドウ。日本でもそうそうお目にかかる名前ではない。しかし、娘を救ってくれた君が、ジェームズの言っていた人間と同一人物だとは。世の中は広いようで狭いものだ。・・・ただ誤解して欲しくないのは、私は君に心から感謝している。君があの時一緒でなかったら、娘は誘拐されて、私を脅す材料に使われ、最後にはレイプされて、殺されていただろう。これでも私は娘を愛しているのだよ。君には今後も娘を護ってもらいたいのだ」

 何も言えなかった。言葉が出てこなかった。仕方なくシガーをふかした。

 「幸い、娘は君に好意を持っているようだ。私の言うことは聞かんが君の言うことは聞くらしい。・・・実は防弾仕様のメルセデスを用意させたのは私ではないんだ」

 なんだって? じゃあ誰が? いつの間にか気分の悪さを忘れていた。

 「あの子が自分から言って来たのだよ。君に、防弾仕様の車でないと助かる可能性は少ないと言われた、とね。私は護衛の人間をつけているだけに過ぎん」

 「・・・・・」

 「だから、娘のことを頼む。・・・交際してやってくれとは言わん。良い友人としてリスク回避についてアドバイスをしてもらいたいのだ。あの子は自分の周りにあるリスクに鈍感だ」

 そう言われたので、やっと口を開くことができた。

 「・・・わかりました。ただ、お約束はできません。ご存知のように、リスクはその時々の状況によって大きく変化します。いくら僕が訓練を受けた事のある人間とはいえ、実戦経験は無いですし、アドバイスするといっても限りがあります」

 「それはよくわかっているよ。君のできる範囲で構わない」

 「あと、一つお願いがあります」

 「何だね?」

 「このことは他言して頂きたくないのです。率直に申し上げて、僕は過去の記憶を嫌悪しています。自分の意思に関係なく、忌まわしい記憶が僕を襲い、苦しめています。できることなら、このまま平穏に暮らしたいのです」

 「・・・実は私も君と同じように射撃訓練を受けたことがある。もっとも、私の場合は一ヶ月間の限定だったが。だが、それは誰にも言いたくないし思い出したくもない。君の気持ちはよくわかる。だから、今日ここで聞いたことは全て私の胸にしまっておく」

 大企業の経営者が射撃訓練を一ヶ月も受けたなんて。驚いた。

 「私たちは共通の秘密を持つ友人ということになるな」

 彼はいたずらっぽく笑ってそう言った。そして自分のことを「恭平」と呼んでくれと言った。

 そうして僕らは友人になった。



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