平穏な日々 #15
五月二十二日
今日も購買でパンを買い損ねた。行ったら既に売り切れ状態だったからだ。登校途中にもパンを買えなかった。仕方なく、紙パックのミルクティーを飲みながら、いつものように屋上で煙草を吸っていた。
村上が弁当の包みを持って横にやってきた。
「また買い損ねたのかよ? 相変わらず押しが弱いなぁ」
茶化すように言ってきた。
「買い損ねたのは運が無かったからだ。こういうときもある」
「いっそ誰かに弁当を作ってもらえよ」
おいおい、事も無げにそんなことを言うなよ。
「ちょっと待て。誰に頼めっていうんだよ? 大家のばばあには頼みたくないぜ」
「何人もいるだろうが? 作ってくれそうなのがさ」
「?」
また意味不明なことを言いやがる。
「そんな奴いないぞ」
「たくさんいるさ。例えば、学級委員の菅野。あと片桐さんだな。そうそう薫さんもいるじゃないか。まだ他にもいるぞ」
「?」
「お前が教室から出て行って、手ぶらでここに向かうのを見ている女子は結構多いんだぜ。みんな噂してる。私がお弁当作ってきてあげようかしら?なんて台詞はしょっちゅう聞かされてるんだ。羨ましいぜ、この色男が」
理解不能だ。噂しているって? 僕のことを? 相変わらずバイト先の喫茶店には何人も来て、僕の方をちらちらと見てはこそこそと話をしているのはわかっているが。
「余計なお世話のような気がするが」
「おいおい、正気か? バレンタイン事件のときみたいな、彼女たちをがっかりさせるような事言うなよ。・・・よしわかった。俺に任せろ」
「何をだ?」
かなり不安だ。
「明日から購買とか学食に行くんじゃないぞ。いいな、わかったな」
村上は、弁当を頬張りながらそう言ってきた。食べるか喋るかどっちかにしろよ。よく聞こえなかったので、念を押した。
「明日から昼飯を食うなというんだな?」
「そうは言ってないが、まあ、似たようなものさ。逆に苦しくて動けなるかもな」
村上はにやりと笑ってそう言った。とても不安になった。
やれやれ。
五月二十三日
昼休みになった。昨日村上に言われたとおり、登校途中に買いもしなかったし、購買にも行かなかった。
何でそうしたのかはわからない。村上のことを信用しはじめているのかも知れない。
そんなことを考えながら煙草を吸っていた。すると、屋上のドアが開いて村上と女の子が三人ほどこちらへ向かってきた。知らない女の子だ。
「言ったとおりにしたようだな。感心感心」
村上が偉そうに言った。
「なんとなくな。たいした意味は無い」
そう言ってやった。村上は後ろの三人を見やりながらこう言った。
「今日はこの子達が、お前のために弁当を作ってきてくれたそうだ」
何だって?
「昨日言った事を忘れたのか?」
「任せるって言ったろ? だから親切な女の子たちに声を掛けてやったんだぜ。感謝しろよ」
やれやれ。
村上の後ろでもじもじしていた女の子たちが、弁当の包みを差し出して来た。
「御堂君がお昼食べられないって聞きました。よかったらぜひ私の作ったお弁当を食べてください!」
「いいえ! 私のを食べてください!」
「私のを食べて!」
困ってしまって村上のほうを見た。ニヤニヤと笑っていやがる。
「良かったな。昼抜きにならなくて」
でも、いくらなんでも三つは無理だろう? そう思ったが余計なことを言って泣かれても困るので、思い切って三つ全部食べることにした。
「あ、ありがとう・・・せっかくだから皆のを頂くよ・・・」
村上は少し離れたところで笑いをこらえるのに苦しそうな顔をしている。他人事だと思って楽しんでいやがる。
「ありがとうございます! 味付けはどうですか? 良かった、気に入ってもらえて! また明日も作ってきますね!」
矢継ぎ早に三人で喋るなよ、耳障りだろ。それにこっちは腹一杯で苦しいんだ。
「気持ちは嬉しいよ。ありがとう。でも作って欲しいときは僕からお願いするから」
また明日も弁当が三つなんて拷問と同じだぞ。そう思いながら言った。
「わかりました! ぜひ私に声を掛けてくださいね!」
「あら、私よ!」
「私だってば!」
何が何だかもうよくわからなくなっていた。横で村上はげらげらと笑っていやがる。
女の子たちがいなくなってから、村上の首を軽く絞めてこらしめてやった。
五月二十七日
このところ例の、あの忌まわしい記憶のフラッシュ・バックは鳴りを潜めている。このままでいてくれると良いのだけれど。
退屈な午前中の授業も終わり、昼休みになった。
村上の奴、教室を出るときに後ろから恐怖の一言を投げつけてきた。
「おーい、御堂。そのまま屋上へ行けよ!」
悔しいがなぜか奴の言うとおりにしてしまった。
村上が屋上へやってきた。今日は後ろには人影が見えない。やれやれ、やっと平穏な昼休みになると思った。
でもそれは間違いだった。
村上がニヤニヤしながら弁当箱を開けていると、女の子がこちらへやってきた。片桐さんだった。
「御堂君。一緒にお昼を食べましょう。もちろん、あなたの分も用意してきたわ」
昔を少し思い出させるような、人に有無を言わせない口調で彼女は言った。
「あ、ありがとう。そ、それは助かるよ」
なぜかどもってしまった。
「今日はサンドイッチなの。たくさんあるから、どれでもお好きなのをどうぞ」
確かに村上の言うように昼飯には困らなくなったが、嬉しいような嬉しくないような、とても不思議な気分になった。
「御堂君たら、いつもお昼抜きなんですって? そんなことじゃ体壊しちゃうわよ。しっかり食べないと。気にせずたくさん食べてね?」
片桐さんはとても嬉しそうにそう言った。何がそんなに嬉しいんだろう?
「じゃあ、遠慮なく頂くことにするよ」
片桐さんのサンドイッチは、どこかのレストランで出るような高級な食材が使われていて、僕好みにマスタードの味もしっかりと効いていてとても美味しかった。
食べている間中、彼女はとても嬉しそうだった。食べ終わってから彼女にお礼を言った。
「いいのよ、お礼なんて言わなくて。いつでも作ってきてあげるわ」
何だかその一言が、理由はわからなかったが心に残った。
教室へ戻ると、菅野さんと薫が何だか僕を睨んでいるように見えた。もっとも、すぐに目を逸らされたが。彼女たちに何かしただろうか?
五月二十八日
今日は菅野さんが僕の弁当を用意してきた。村上はなぜか一緒じゃなかった。
昼飯に困ることはなくなったが、日替わりで誰かの作った弁当を食べさせられていると、何だか自分が実験されているような気分がした。けれど食べられるだけありがたいと思って、文句は言わなかった。
でも、村上を少し恨んだ。もっとも、奴も親切で皆に言ってくれたんだから、逆恨みというものだけれど。
菅野さんは、僕が食べるのをじっと見ていた。やっぱり実験されているみたいだ。顔を上げると、彼女は慌てて顔を背けた。弁当はとても美味しかったけれど、何だかそれがやけに気になった。
そして、食べ終わってからお礼を言い、皆に言っている言葉を菅野さんにも言った。
「とても美味しかったよ。ありがとう。でも作って欲しいときは僕からお願いするから」
菅野さんは少し悲しそうに、でも何かを期待しているように言った。
「いつでも言ってね」
そして、こうも言った。
「食後の煙草は駄目よ」
やれやれ。




