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安息の地  作者: 月夜見
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平穏な日々 #10


四月四日

 今日は入学式だ。新入生は皆緊張しているのか、顔が少し強張っている奴が多い。

 式の途中で、横に座っている奴が声をかけてきた。

 「一年のときは違うクラスで挨拶もまだだったな、御堂。俺は村上、村上伸也だ。よろしくな。あのバレンタイン事件は有名だぜ」

 なんだこいつ? ずけずけと物を言う奴だな。それに、あれは玲子先生がしたことだぞ。僕には関係ない。面倒なことが避けられてありがたかったけれど。

 何と言って良いのかわからなかったので、とりあえず言った。

 「ああ、よろしく」

 「ところで、お目当ての娘は見つかったか?」

 「え?」

 村上は突然そう尋ねてきた。何のことか一瞬理解できずに彼の顔を見返した。

 「なんだよ、まだ誰もいないのか? それとももう誰かと付き合っているのか?」

 「付き合っている女の子はいない。それに女の子が目的で学校に来ているわけじゃない」

 そう答えると、村上は呆れたような顔をして言った。

 「おいおい、本気で言っているのか? 女の子に興味が無いなんて人生の半分以上を損しているようなもんだぜ。それともお前、もしかして・・・」

 「男が好きなわけじゃないさ。いたってノーマルだ。ただ興味がもてないだけだ」

 「変わっているな、お前。・・・じゃあ、あの噂も嘘か」

 「噂?」

 「お前が玲子先生と付き合っていたって噂さ」

 そんなことが噂になっていたのか。好きだと、もしその気があるならいつでも自分の所に来い、と言われたけれど。でも、そんな気は無かった。玲子先生には申し訳ないのだけれど。

 「本当にそういう話が好きだな。その話は事実じゃない」

 そう言った。

 「あの玲子先生を狙っていた男子は多かったのによ。御堂、お前って本当に変わってるな」

 「余計なお世話だ」

  そして僕らは友人になった。友人、というよりもただの知り合いよりもよく話すようになったと言った方が正しいのかもしれない。式の間中、退屈を紛らわすように、彼は自分のことをいろいろと話してくれた。好きな音楽。好きな芸能人。そして好みの女の子。

 僕も彼にはいろいろと話した。好きな音楽、バイクのこと。一人暮らしをしていること。そして女の子が少し苦手なこと。


 入学式も終わり、下校時間になった。屋上で少し温かい風を感じながら煙草を吸っていた。ポータブルCDからはビル・エヴァンスのソロが流れていた。

 誰かが屋上に上がってきたようだ。気にもせずに煙草をふかしていた。突然後ろから声をかけられて少し驚いた。そして声の主を見た。

 「煙草なんか吸って! 先生に言いつけるわよ!」

 どうやら同じクラスの学級委員をしている女の子らしい。見覚えがあった。残念ながら名前は覚えていない。

 「誰だっけ?」

 「呆れた。おんなじクラスの人間の顔と名前くらい覚えておきなさいよね! 菅野よ。菅野祥子!」

 「覚えておくよ」

 それだけ言って、また煙を肺に入れた。

 「煙草なんかやめなさいって! 言ってることわかんないの?」

 怒られた。だけど、やめるつもりなんか少しも無かった。

 「悪いけど、それは余計なお世話だ。煙草は好きで吸っているんでね。それに吸殻だってちゃんと始末している。嫌煙権を主張するのは構わないが、僕が煙草を吸っているのが気に入らないのならここに来なければいい」

 この屋上は出入りが自由なのに、なぜかいつも人がいなかった。だからこそ昼休みに誰にも邪魔されることなく食事もできたし、煙草を吸うこともできた。

 邪魔されて気分が悪くなった。だから、あえて彼女(菅野さんといったか)に少しきつい言い方をした。

 「そう、わかったわ。せいぜい見つからないように吸うのね」

 そう言い捨てて菅野さんは去っていった。

 やれやれ。

 これ以上煙草を吸う気にもなれなくなって、今日はもう帰ることにした。


四月十二日

 アルバイトを終えて帰宅する途中だった。夜の十一時頃だろうか。

 駅前で、見たことのある女の子が三人の男に絡まれていた。菅野さんだった。放っておこうかと思ったが、彼女の顔は恐怖で青ざめていて、男たちはなにやらにやにやと笑っているのが面白くなかった。

 彼らの方へ歩いていき、男たちの後ろから彼女に声をかけた。

 「やあ、こんばんは。何しているの?」

 菅野さんはビックリしていた。そして何だかほっとしたような表情をして言った。

 「み、御堂君。た、たすけて」

 男たちは自分たちの後ろから声が掛かるのを予想していなかったんだろう。驚いて振り返りながら、不思議な言葉を言ってきた。

 「邪魔すんじゃねぇ!」

 「てめぇにゃ関係ねぇだろ!」

 やれやれ。もっと気の利いた言い回しはできないのだろうか。

 「同じクラスなもんでね。残念ながら関係ないわけじゃないんだ」

 そう言ったら、ざけんじゃねぇ、という変な言葉と一緒に一人が拳を突き出してきた。血の気が多いとでも言った方が良いのかな? そう思ったが、身体は自然と反応していた。

 その拳を左手で払い、右足で男の膝頭を蹴った。関節が外れる鈍い音がした。崩れ落ちる途中に顔に膝蹴りをした。もう一人が後ろから掴みかかってきた。僕は後ろも見ずに肘を出した。それは男の腹にヒットし、男は崩れて行った。崩れる途中で顔面に掌底を打ち込んだ。残りの一人が正面から殴りかかってきた。拳をかわして手を開いたまま男の目を突いた。指は両目に軽く刺さったが、男は何やら叫んで顔を押さえた。顔を抑えている男の両手の間に顎が見えていたので、そこにまた掌底を打ち込んだ。

 気がついたら、三人がうめき声を上げて倒れていた。逃げた方が得策だと判断した。そして菅野さんに言った。

 「すぐに帰るんだ。ここから離れろ。急げ」

 冷たい声だった。菅野さんは呆然としていたが、僕の声を聞いて何回も激しく首を縦に振り、何か礼のような言葉を口にし、そして自宅の方だろうか、思い切り駆け出して行った。


 帰ってすぐにトイレに駆け込んで吐いた。そしていつものように眠れずに、部屋の中で膝を抱え込むようにして考え込んでいた。色々な事を。そう、自分自身の事を。



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