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安息の地  作者: 月夜見
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平穏な日々 #7


十二月十一日

 玲子先生はホームルームが始まるときに僕の顔を見て嬉しそうに微笑んできた。


 放課後。いつものように屋上で煙草を吸っていた。玲子先生がいつものようにやって来た。

 「ねぇ、創? あんた、あそこに行ったんでしょ? どうだった?」

 予想通り、幽霊を見たかどうか聞いてきた。この人に話せば、明日には学校中に噂が広まる。ラジオとかテレビみたいな人だ。そして、かなりの説得力を持った状態で広まる。不思議な力を持った人だ。僕の事は完全に黙ってくれているようで助かっているけれど。

 「ああ、その話ですか。見ましたよ」

 「え? え? 何を見たの?」

 玲子先生は少し青ざめた顔で聞いてきた。彼らに約束したとおりに言った。

 「幽霊。しかも三人」

 「きゃーっ! いやーっ!」

 ぶっ倒れそうだな。この人。もう一回釘を刺しておこう。

 「おととい見に行ったときに、見たんですよ。幽霊を。足が無かった。僕ですら死ぬかと思ったくらいですから、まあ、他の人じゃ確実に心臓麻痺か何かを起こすでしょうね」

 「いやーっ! 本当? 本当なの? それって本当の話?」

 「嘘じゃないですよ。あそこには近寄らない方がいいでしょうね」

 がたがた震えている。顔色が真っ青になっているぞ。ごめんなさいね、嘘をついて。

 「大変! 皆に言わなきゃ! こうしちゃいられないわ!」

 それだけ言って、玲子先生は走って行ってしまった。相変わらず面白い人だ。


十二月十二日

 予想したとおり、今日のうちに「あそこに近づくと憑かれて殺される。近寄ってはいけない」という噂が学校中に流れた。さすがは玲子先生だな。思わず苦笑してしまったが、彼らとの約束が守れて安心した。


十二月二十四日

 今日はクリスマス・イヴだ。だからといって何があるわけでもないが。

 今日もアルバイトがある。ここ数日は連日アルバイトに来てくれと、マスターに頼まれている。しかも外でケーキを売れと。寒いな。やっぱり。


 ふと、中東でのクリスマスを思い出した。薫の家でやったクリスマス・パーティー。たいしたものは用意できなかったが、それでも彼女にターコイズのペンダント・ヘッドのネックレスをあげたことを思い出した。彼女はとても喜んでくれた。彼女からはシルヴァーのブレスレットをもらった。まだ大事にとってある。

 そして薫のことを思い出した。あの綺麗な顔、不思議な口調、そしてあの甘く芳しい匂いを。僕と家族が大事にしていたあの薫のことを。

 あの時は大事な人たちが皆いた。元気に揃っていた。そう思ったら、またいつものやつが来た。店の裏へ駆け込んで吐いた。すぐ治まった。そして仕事に戻った。


 「クリスマス・ケーキはいかがですかー」

 そう売り声を上げると、道を通る何人かはこちらを見た。何人か買ってくれた。いつも店に来る女の子たちも買いに来た。

 マスター手作りのケーキはかなり美味しい。このクリスマス・ケーキは小さいけれど千五百円と手頃な値段なので、彼女たちも買いやすかったみたいだ。さっき玲子先生も来て買っていった。少し寂しそうにしていたのが気になったが。


十二月二十五日

 今日はクリスマスだ。マスターは毎日いくつものケーキを作る。よくそんなことできるものだと感心して見ていた。クリスマス・ケーキでもその日の分をその日に作る。毎年評判にもなっているらしい。おかげでこの数日は休み無しで働いている。

 今日の分も売り切れた。やれやれ。

 帰り際に、マスターがどこに隠していたのか、売り切れたと思っていたケーキを一つ出してきた。

 「創君。お疲れ様。これはお土産だ」

 「いいんですか? せっかくの売り物なのに」

 「いいから、毎日一生懸命売ってくれたお礼さ。君のおかげで、いつもの年よりも多く売れたしね」

 マスターは微笑みながらそう言ってそのケーキを手渡してきた。

 「帰ってからゆっくりと食べると良いさ。一人では少し多いかもね」

 彼はそうも言って、何が面白いのか一人で笑った。


 疲れてもいたので、早々に部屋に戻った。玄関の前に人影が一つ立っていた。

 玲子先生だった。彼女は長い時間待っていたらしく、寒さで震えていた。

 「どうしたんですか? こんなところで。何か用があるなら店の方に来れば良かったのに」

 「喫茶店じゃ嫌なの」

 「?」

 彼女がここへ来た理由が良くわからないまま、彼女を部屋に入れ、電気ストーブのスウィッチを入れてから毛布を出して、それにくるまらせた。そしてコーヒー・メーカーでコーヒーを入れた。

 「どうしたんですか? なにかあったんですか?」

 カップを手渡しながら聞いてみた。彼女は何も言わずに首を横に振り、ただ、ありがとうとだけ言った。珍しい。本当に珍しい。どうしたんだろう?

 「ケーキでも食べます? ああ、先生も昨日買ってくれたんでしたね」

 先生は黙ったままだった。そして、何か嫌なことでもあったのだろうか、目に涙を一杯に溜めていた。

 「どうしたの? 僕でよかったら聞きますよ」

 そう言った。彼女はぽつぽつと話し出した。

 生徒の悩みを一緒になって考えて、解決してあげられるような教師になりたかった。生徒に何でも話してもらえるような親しみやすい教師になりたかった。彼女はそんなことを話した。元気付けようと思ってこう言った。

 「先生に救われている人間はたくさんいると思いますよ。皆に慕われているとも思うし」

 でも彼女はそれを聞いて、思いがけないことを言った。

 「でもあなたは違うでしょ? 救われてなんて無いじゃない? いつも悩んでいるわ。いつも苦しんでいるわ。・・・・・そして何かを隠しているわ」

 何だって? 隠しているって、・・・。まさか、まさか訓練所のこととか薫の事とか?

 「嘘を言っても駄目よ。創。私にはわかるの。全部。あなたのこと全部。ご家族のことで苦しんでいることも。悩んでいることも。隠している何かに悩んでいることも。苦しめられていることも」

 事ここに至っては隠し様も無いか。でも、誰かに知られたくない。話しちゃいけないんだ。これは僕自身の問題だ。・・・でも、認めるしかない。

 「そうですね。先生に話していないことはたくさんあります」

 玲子先生は、やっぱりという顔をした。

 「何を隠しているの? そんなに知られたくないことなの? 私にも言えないことなの?」

 「そうです。家族のことを話したときに、他人には見られたくない。知られたくないって言ったのを覚えていますよね? それと同じことが他にもあるんです。それは絶対に、絶対に他人に知って欲しくは無い。知られちゃいけないんです。たとえ、僕にこんなに優しくしてくれる、本当の姉のようにも思える玲子先生にでも」

 彼女はしばらく黙っていた。考えているようでもあった。

 「他の人には喋らないって言っても駄目?」

 「今、言いました。たとえ玲子先生であっても知られたくないって」

 「そんなにつらいことなら、なおさら話して欲しい。苦しんでいるならその苦しみを分けて欲しい。お願いだから話して。ね、お願い」

 彼女は泣きながらそう言った。僕の目を見て。しばらく考えてから口を開いた。

 「多分、いや、絶対に僕の苦しみは理解できないと思います。経験した者でないと理解できないと思うんです。そして、その苦しみが解ったときには、必ず、そう、必ず僕よりも苦しむことになる。他人に、特に玲子先生にはそんな苦しみを味わって欲しくない。こんなに苦しむのは僕一人でたくさんだ」

 彼女は言葉が出てこないようだ。僕の言葉が理解できなかったのかもしれない。

 「どういうこと? それってどういう意味?」

 「どうもこうも無いです。僕がそれだけの、苦しむだけの経験をしたってことですよ」

 「教えて、ねぇ、教えて。お願い、お願いだから」

 意外としつこいな。どうしようか。・・・仕方ない、少しだけ話そう。

 「中東にいたときに、護身術や、射撃訓練をしてくれる訓練所に入りました。あの地域は先生も知っている通り、危険なところですから。・・・その訓練所は、特殊部隊の隊員を養成するようなカリキュラムを持っていました。僕は何の手違いか、十三歳で、大人たちに混ざってその特殊部隊員用のコースで訓練させられました」

 絶句している。当然のことだ。自分の全く知らない世界だからな。

 「・・・そこでの訓練は、とてもつらくて厳しいものでした。現役の軍人、それも特殊部隊のエリートが次々に脱落していくほどだったんです。でも、僕は家族を護りたかった。護れるようになりたかった。その一心で大人たちに必死で付いていったんです」

 「そうだったの・・・・・」

 「そこでの出来事全てが、今、僕を苦しめているんです。さっき経験した者でないと理解できないといったのはそういう意味です。だから、だからこれだけは知られたくなかった。知って欲しくなかった。話せなかった。話したくなかった」

 「ごめんなさい・・・。私、私またあなたの心の傷に手を伸ばしたのね」

 まあ、そういうことですよ。先生。

 「謝らなくていいですよ。気にしてないですから。それにある意味では、先生に救われているんです」

 「どういうこと?」

 今度は嬉しそうだな。忙しい人だ。

 「僕が、こんな僕が日本に戻ってきて、向こうで望んでいた平穏な生活、平和な高校生活を送れているのは先生がいるからですよ」

 「本当?」

 疑り深いな。この人も。

 「本当のことですよ。だから元気を出してください。泣き顔は似合わないですよ」

 「ありがとう」

 本当に嬉しそうだ。・・・彼女に話してよかったのだろうか?


 結局、最後の言葉で元気を取り戻せたのだろう。彼女は僕が持って帰ってきたケーキに目をつけ、一緒に食べたいと駄々をこねて、半分以上食べてから元気に去って行った。

 やれやれ。



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