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安息の地  作者: 月夜見
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平穏な日々 #4


お姉さんができて・・・

九月二十日

 あの日から、たまに屋上で玲子先生と話すようになった。でも、自分に関しての話は少ししかしなかった。玲子先生の愚痴を聞いているほうが多かったかも知れない。


 放課後。今日は玲子先生が先に屋上に来ていた。

 「ずいぶんと早いんですね」

 「それなんだけどさー、急にどうしても煙草吸いたくなっちゃったのよね。一本ちょうだい?」

 ・・・お願いじゃないだろ。その言い方は。

 煙草を差し出して火を点けてあげた。

 「ところでさー、御堂君?」

 「?」

 「創って呼んでもいい?」

 「別に構いませんけど・・・?」

 不思議なことを聞いてくるな。相変わらず変わった人だ。

 「やったー! 創。ねぇ、創っ」

 おいおい、何だその喜びようは? あんた教師でしょうが。

 「でさー。あんたずっと水泳の授業さぼってたでしょ? 体育の山口先生に言われたわよ。なんで水泳の授業に出ないのか聞いてくれって」

 「怪我したり、風邪ひいたりしているからですよ」

 嘘をついた。

 「嘘。絶対にそれは嘘ね。創、正直におっしゃい。お姉さんが怒らないで聞いてあげるから」

 なぜかしゃべっても良いような気がした。

 「誰にも言わないって約束してくれますか?」

 「うん!」

 子犬みたいな顔で期待していやがる。もう一度念を押しておこう。

 「絶対ですか? もし誰かに話したら、その時点でこの学校を辞めますよ? 良いですね?」

 「えーっ。辞めちゃ嫌ーっ! 誰にも言わない。誰にも言わないから、お願い」

 じゃあ、少しだけ話すか。

 「僕の体には傷跡がたくさんあるんですよ。それは誰にも見せたくない。たとえ玲子先生にでも」

 彼女は絶句して固まっている。そりゃそうだな。絶対に見せたくない傷跡があるなんて聞かされたら普通はそう反応するだろう。

 「ねぇ、創。何があったの?」

 神妙な顔で聞いてきた。

 「僕の家族が中東で死んだことはご存知でしょう?」

 「ええ。聞いてるわ。確かX共和国よね」

 「そうです。そこで今年の夏に大きな爆弾テロがあったのは知っていますか?」

 「ニュースで見たような気が・・・・・。あっ!」

 どうやら思い出したようだ。カフェテリアで大規模な爆弾テロがあって、日本人の家族が三人死亡し、一人が重傷を負ったというニュースを。

 「そうです。あのテロで家族三人を亡くした、家族の中での唯一の生き残りなんです」

 「・・・・・」

 「あのときの傷跡が身体に残っているんです。だから、誰にも見せたくないし、知られたくない。玲子先生にだから話すんです」

 「そう、だから私がご家族の事を聞いたときにああいう風になったのね」

 「ええ・・・・・」

 また気分が悪くなっていた。いつもの、あの胃の痛みが襲ってきていた。

 「ちょっと! 顔色が悪いわ! 真っ青よ!」

 そう言われた途端、我慢できなくなった。そしてまた彼女に背を向けて吐いた。やっぱり胃液しか出なかった。つらい。苦しい。そして悲しい。

 彼女はまた背中を優しくさすってくれた。そして徐々に苦しさとつらさは引いていった。

 「ごめんなさい。・・・。もう大丈夫です」

 そう言った。彼女はずっと泣きそうな顔をしていた。


九月二十八日

 玲子先生とはあれから話していない。彼女にとってショックな出来事だったのだと思う。生徒の明かしたくないと思っている心の傷を無理やり開いたと思っているのかもしれない。

 まあ、そう思うのならそれはそれでいい。聞かれなければ記憶が蘇ってくる機会も少ない。

だけど。訓練所でのあのつらく、悲しく忌まわしい記憶と、あのカフェテリアでの忌まわしい記憶。それはいつでも襲ってきた。あの直接掴まれるような、激しく、つらい胃の痛みと猛烈な吐き気を伴って。毎日、毎晩。いつでも容赦なしに襲ってきた。授業中にそれに襲われたこともある。教室がトイレのそばで良かったと思ったのは初めてだ。変な話だけれど。


 昼休み。相変わらず一人で昼飯を食べていた。ぼんやりと、ビル・エヴァンスのピアノトリオを聴きながら。

 放課後。今日はバイトがある。喫茶店へ向かった。客が一人もいなかった。珍しいことじゃない。エプロンをして、客が来るのを待ちながらマスターと話していた。

 「御堂君はもうだいぶ慣れたみたいだね」

 「? 何にですか?」

 「学校やここでのアルバイトや、日本での生活にだよ」

 「そうですか? 自分では良くわからないです」

 そう答えると、マスターは黙ってパイプに煙草の葉を詰めながら微笑んだ。


 客が来た。おや、同じ高校の女子連中だな。制服で判る。でも見ない顔だ。上級生か?

 「いらっしゃいませ」

 人数分(三人だった)の水とおしぼりとメニューを持って行き、注文してくるのを少し離れた場所で待っていた。彼女たちはこそこそと話している。

 「やっぱり私の言ったとおりでしょ? 御堂君がここでアルバイトしてるって」

 「本当だー。 私今でも信じられないわー」

 「やっぱり近くで見るといい男だわー。私コクっちゃおうかしら」

 何語だ? それ? 意味不明だ。でも、いい男って言われると何だかこそばゆいな。

 「あのー。そろそろご注文を伺ってもよろしいですか?」

 何だよ、いまごろばたばたとメニューを見ていやがる。変な人たちだ。ぼそぼそと何かまた言っているぞ。聞こえないな。

 「じ、じゃあ、ブレンドを三つお願いします」

 「かしこまりました。皆さんブレンドですね。少々お待ちください」

 そう言ったら、中の一人が思い切ったように声をかけてきた。

 「あ、あのー」

 「? 何か?」

 「一―Dの御堂創君ですよね?」

 「はい。そうですけど・・・。それが何か?」

 何だかキャーキャーごちゃごちゃ言っている。わからない人たちだ。

 「あ、あの。私たち同じ学校の二年生なんです。私は二―Aの斉藤です」

 「お、同じクラスの藤田です」

 「わ、私も同じクラスなの。渡辺っていいます」

 「はあ・・・。どうも」

 何だ? この人たちは。名乗らなくても良いのに。

 「こ、これから、よ、よろしくね」

 三人で声を揃えて言うことかなあ。

 「こちらこそ、よろしくお願いします。先輩方」

 とりあえずそう言ってみた。そうしたら、また何だかキャーキャーごちゃごちゃ言っている。不思議な人たちだ。理解できず、首をかしげながら、マスターに注文を通した。

 マスターは、了解と言って、ニヤニヤして僕を見てきた。どうしてそういう目で見るんだ?

 「あの、マスター?」

 「何かね?」

 「何でニヤニヤしながら見るんです?」

 「いや、特に意味は無いよ。さっき言ったとおりだいぶ慣れたようだなと思ってね」

 まだニヤニヤしていやがる。この人も少し変わっているな。

 客席じゃ、何だかあの連中がこちらをちらちら見ながらまた何かキャーキャーごちゃごちゃ言っている。一応覚えておこう。二―Aの斉藤ポニー・テイル藤田ショート・メガネ、それから渡辺ストレート・ロングだったな。髪型と顔と名前は覚えた。学校で何か言われても嫌だからな。いつか牽制しておこう。



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