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安息の地  作者: 月夜見
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平穏な日々 #3

煙草は20歳になってから


九月一日

 早めに登校する事にした。ちなみに歩いていける距離にその高校はある。

 最初に職員室へ出向く必要があった。クラスもわからないし、全ての状況がわからない。いくら平和だといっても、状況がわからないのは不安だった。

 担任の教師は若い女性で、今年教師になったばかりらしい。優しく話しかけてくれた。笑うと右の頬にえくぼができて少し可愛らしかった。

 僕のクラスはD組だった。一―D。教室は二階の階段の横だった。

 担任に連れられて、最初に教室に行った。ホームルームと言うのをするそうだ。その時間にクラスの皆に紹介してくれた。家庭環境については言わないでいてくれた。何か言えと言われたが、なぜか、よろしくとしか言えなかった。

 席につくと、何人も寄ってきていろんなことを聞いてきた。

 趣味。好きな女の子のタイプ。その他。

 教師が何やら懸命にわめいていたので、皆を適当にあしらうことにした。僕自身、なぜか他人に自分の事を聞かれるのが嫌な気がしていた。

 「そのうち話すよ。先生が怒鳴っているから」

 そう言って、皆を自分の席に戻らせた。そして、始業式が講堂で始まった。


 自分のことを、僕自身のことを聞かれるのは当分来なかった。


九月八日

 あれから、ほとんど誰とも口をきかず、休み時間にはぼんやりと外を見て過ごし、昼休みになると屋上でCDを聴きながら食事をし、煙草を吸った。


 校舎は三階建てで、屋上に鍵はかかっていなかった。それでもなぜか、いつも人はいなかった。昼休みにも、放課後にも。

 職員室は別の棟にあって、特別教室と同じ棟の二階建てだった。教室のある棟とは渡り廊下でつながっていて、屋上からは職員室も特別教室もなぜか見えなかった。

 だから昼休みでも放課後でも、一人でのんびりとご飯を食べたり煙草を吸ったりすることができた。

 ちなみに、購買や学食は昼時にはものすごく混雑していて、ちょっとやそっとじゃ割り込めそうに無かった。その光景を見るたびにうんざりした。そして、いつも自販機でジュースを買ってから屋上へ上がることにしていた。


 放課後。アルバイトも無く特に何かすることも無かったので、屋上で煙草を吸っていた。

 屋上のドアの開く音がした。振り返ってみたら、担任の女教師がこちらに向かって歩いてきた。

 「あら、御堂君。ここにいたのね。鞄が教室にあったからどこに行っているのかと思ったけど」

 煙草を注意することもせずに、彼女はそう言った。

 「何か御用ですか?」

 なぜ彼女がここに来たのか、なぜ僕を探していたのかわからなかった。

 「とりあえず、一本もらえないかしら?」

 煙草をねだってきた。仕方なく煙草を差し出し、火を点けてあげた。

 彼女は旨そうに煙を吸い込んでから、それをふーっと吐き出した。吸い慣れている仕草だ。

 「職員室で煙草が吸えなくなっちゃったのよ。まったく、肩身が狭くて嫌だわ」

 そう言った。そうか、先生も大変なんだな。

 「ところで、御堂君。あなた、クラスの仲間たちと上手くいっていないみたいじゃない?」

 煙草をくわえながらそう言ってきた。

 「仲間、ですか? まあ、そう言えばそうなんでしょうね」

 僕の中では「仲間」は、あの訓練所で一緒だった連中しかいない。それに、他人と話すのは苦手だ。

 「他人と話すのが苦手なんでしょうけれど、少しずつ直していかなきゃ駄目よ。いつかは社会に出て行くんだから」

 「そのときになったら考えますよ」

 「偏屈ねぇ。そんなことじゃ彼女もできないわよ」

 「彼女? 恋人のことですか? ・・・別に今は興味ないです」

 女教師はびっくりしたような顔で見つめてきた。くるくる変わる表情が面白い。

 「学校中の女の子ががっかりするわよ。そんな言い方じゃ。あなた結構人気あるんだから」

 僕が? 女の子に? 人気があるって? 何を寝ぼけたことを言ってるんだ、この人は。

 「関係ないです」

 「好きな女の子とかいないの?」

 いるわけ無いだろう? まだこの学校に来て一週間くらいだぞ。少しムッとしてそう言った。からかわれているようで面白くなかった。

 「御堂君。あなた、向こうで何があったの? ご家族を亡くしたとしか聞いていないんだけど」

 聞くなよ、そんなこと。そう思った途端、思い出したくない記憶がフラッシュ・バックするように蘇った。

 

 白昼のカフェテリア。白い煙。爆発音。強烈な衝撃波。たくさんの人の悲鳴。うめき声。土埃の臭い。瓦礫の山。血の臭い。死体の山。そして、家族の死体。


 胃が直接掴まれた様に痛んだ。そして猛烈に吐き気を催した。あの、何度も体験している気分の悪さ。またそれが襲っている。それはいつも予告無しにやってきていた。

 そして今も。

 教師から顔を背け、そして吐いた。やっぱり胃液しか出なかった。つらい。苦しい。そして悲しい。

 「ちょっと! 大丈夫? 顔色が真っ青よ!」

 彼女は僕が突然にそういう状態になったのに驚いて、そして背中を優しくさすってくれた。徐々に苦しさとつらさは引いていった。

 「・・・済みません。思い出したものですから・・・」

 彼女に背を向けたまま、声を絞り出して言った。すると、突然彼女が後ろから抱きしめてきた。

 「いいのよ。とてもつらいことだったのね。いいのよ。しばらくこうしていてあげる。私で良ければいつでもこうしてあげるわ」

 「・・・ありがとうございます。でも大丈夫です。しばらくすれば治まりますから」

 ・・・いいのか? 教師が生徒に抱きついて。しかもいつでもこうしてくれるって言ったぞ?

 「じゃあ、私が今日から御堂君の恋人になってあげる」

 ・・・ちょっと待て。今何か聞き捨てならないことを言っただろ? あんた。

 「は? ちょっと待ってくださいよ。そんな突然。立場もあるでしょうに」

 そう言ったら、彼女はすねたような顔をして、少し考えてから言った。

 「じゃあ、あなたのお姉さんになってあげる。放課後にこうして会って、いろいろな話をしましょう。それで良いわよね?」

 疑問形で言って来たが口調は命令形だぞ。あくまでも、うん、と言わせたいんだな。

 「仕方ないですね。でも、放課後にここに来るのはたまにですから。待ちぼうけを食らっても怒らないでくださいね」

 「怒るわけ無いでしょ? 私はあなたのお姉さんなんだから」

 小さい胸を張って言うことか? 本当に変わった人だ。苦笑してしまった。つらさはもうどこかへ行ってしまっていた。

 「あぁ! ようやく笑ったー! やっぱり笑うと可愛いーっ!」

 何を言っているんだ、この人は。自分が教師だって自覚があるのか?

 「あのですね、先生は自分の立場とかを考えたことが無いんですか? そんな学生みたいなことばかり言っていると、生徒からバカにされますよ?」

 いつも考えてるわよー、ひどいなー、それが綺麗なお姉さんに向かって言う言葉なのー、とか彼女がすねたように言った言葉を無視して、少し笑ってしまっていた。笑うなんて久しぶりだ。薫と遊んでいた頃以来か・・・?


 本当に面白い人だ。この先生は。ちなみに名前を「二条玲子」と言う。彼女は「玲子先生」と呼ぶようにと命令してきた。

 命令するなよ。命令されるのはもうごめんだ。

 でも、お姉さんという言葉が胸に残った。



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