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安息の地  作者: 月夜見
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平穏な日々 #2


日本に戻ってきた・・・

八月九日

 昨日じじいに教わったとおりに銀行で口座を開いた。簡単だった。身分証明書として、パスポートか何かを見せろとは言われたけれど。

 そして、教習所へ行って一日中、講義を受けたり実技の教習を受けたりして過ごした。

 帰り道に弁当屋があったので、そこで弁当を買った。いろいろ種類が有ったので迷ってしまったけれど、これでご飯には困らなくなるな。今夜の晩御飯はのり弁にした。


八月十六日

 今日は卒検の日だ。ここで受かれば晴れてV―MAXに乗ることができる。そう思った。教習は面白かった。全てが順調に進んでいた。教官(ここでも教官だ)は僕の飲み込みが早いのに驚いたような顔で言った。

 「お前、本当に免許取るの初めてか? 無免許で乗っていただろう?」

 「外国で何年か乗っていました。そこは免許制度なんて無かったものですから」

 「そうか、なら納得できるな。くれぐれも事故は起こすなよ」

 こんな他愛もないやり取りが面白かった。


 そして卒検に合格し、運転免許試験場へ行って学科試験に合格すれば免許証がもらえることを説明してもらい、久しぶりに(何年ぶりだろうか)、楽しく部屋に戻った。


 でも、怪我のリハビリをしながらの教習は、少しだけ、ほんの少しだけきつかった。最初の何日かはちょっと筋肉痛になった。恥ずかしい話だけれど。


八月十七日

 免許証をもらった。これで堂々とバイクに乗れる。

 バイク屋に行ったら、もう整備が終わっていた。免許証を見せたら、もう取れたのかと驚いていた。ナンバーも取ってくれていたので、乗って帰ることができた。

 ヘルメットが必要なことは教習所で教わっていたが、自分のを持っていなかったので買おうと思った。フル・フェイス・タイプかジェット・ヘルメットか迷った。決めきれなくなって両方買う事にした。ちょうど現金を持っていたので支払いを済ませて、V―MAXに乗って部屋へ戻った。

 部屋の前にバイクを止め、バイク屋がサービスでくれたチェーン式のロックを掛けた。

 バイク屋からの帰りに買った弁当を食べながら、地図を買えばよかったと思った。


八月十八日

 本屋に行って地図を何種類か買った。縮尺の違う地図。住宅地図に近いものまで買った。そして一旦部屋へ戻り、地図を広げた。

 どうやらここから海へ行くのは結構簡単らしい。そう思ってすぐに出かけることにした。しかし、その選択は失敗した。

道路は混雑していた。夏休みということもあるのだろう。道路は車で一杯だった。車のエンジンの熱がアスファルトの照り返しを増幅させ、日差しはじりじりと僕とバイクを焼いた。それにV―MAXはエンジンが熱を持ちやすくて、絶えずエンジンの冷却ファンが回っていた。そこから出る風は熱風と同じで、僕を苦しめた。

 それにしても日本の夏は暑い。蒸し暑いと昔も思っていたが、今は余計それを強く感じる。暑くても湿気の少ない中東にいたからだろうか?


 苦労して浜辺に着いたら、人ばかりで砂浜が見えないくらいだった。わざわざ暑い思いをしてきたのに。綺麗な海を見たくて来たのに。

 やれやれ。


八月二十二日

 アルバイト先を決めた。駅前の喫茶店。そこのドアに張ってあった求人の紙を見て、とりあえずマスターに頼んでみることにした。

 履歴書はあるかと聞かれたが、そんなもの持ってきていなかった。でも、事情をある程度正直に話した。そうしたら、どうやら大家夫婦(あのじじいとばばあのことだ)を良く知っているらしく、週に三日しかできないことも話したのだけれど、いつ来ても良いからと鷹揚に採用を決めてくれた。

 ずいぶんといい加減だな。そんなんで経営できるのか? 余計なお世話だがそう思った。


 ちなみに時給は八百円だ。安いのか高いのか良くわからない。


八月二十七日

 アルバイトを始めてから何日か経った。極端に忙しかったり、全然客がいなかったり、忙しいんだか暇なんだかわからない時間が続いた。

 休憩時間を少しずつくれた。いつも店の裏口で、中東で覚えた煙草を吸って一息入れた。

 父も兄貴もヘビースモーカーだった。訓練所から戻って煙草を吸いだしても何も言わなかった。父はどちらかというとパイプ煙草を愛飲していた。兄貴は紙巻ばかり吸っていた。僕は兄貴の真似をして紙巻にしていた。手軽だったし、何よりパイプやシガーが似合う年齢じゃなかった。

 マスターも僕が煙草を吸うことを知っていたが、何も言わないでいてくれた。法律で決まっているからとか、身体に悪いからとか言って止めさせようとはしなかった。

 ちなみに、マスターはパイプ派だ。


八月三十一日

 明日から通う高校の制服ができてきた。

 制服に袖を通すと、何か戦闘服を初めて着たときのような、落ち着かない気分になって嫌だった。

 まあ、そのうち慣れるだろう。戦闘服だって慣れたから。悲しいことに。


 何か音楽が聞きたくなった。CDショップへ行き、いろいろと試聴させてもらった。結局、フラメンコのCD(パコ・デ・ルシアとヴィセンテ・アミーゴだ)を何枚かとビル・エヴァンスのピアノトリオを何枚か買った。買ったあとで気がついた。プレーヤーを持っていないことに。

 幸い、そのCDショップでポータブルのプレーヤーが数千円で売られていた。それも買い、電池も買って、パコの流れるようなフラメンコ・ギターを聴きながら部屋へ帰った。

 そして、訓練所での仲間のことを思い出した。最後まで生き残っていたホセのことを。彼は持込が許された私物にギターを持ってきていた。

 あの訓練所では(というよりあの部隊では)、私物の持込を一つだけ認めていたんだ。家族の写真を含めて。

 彼は、毎日の自由時間にフラメンコを弾いていた。楽しげに、悲しげに、優しく、そして時には激しく。

 それが記憶に残っている。忘れられない光景の一つとして。僕らは毎晩、彼の弾くギターの音色に一瞬でも訓練のつらさを忘れることができた。

 訓練所での数少ない楽しい思い出の一つ。


 僕はあの音色を絶対に忘れないだろう。



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