平穏な日々 #1
訓練所と爆弾テロの忌まわしい記憶を抱えて・・・
八月五日
僕は日本に戻ってきた。あの老夫婦に連れられて。
そして、敷地内に立つアパートが見える一室を与えられて、寝転んだ。
考えるのは今までのことばかりだった。
そう、日本を離れて中東にあるX共和国に行き、訓練所に入り過酷な訓練を生き残り、そして仲間を殺したこと。薫と出会い、彼女を護るために何人も殺したこと。家族を護ることができず、爆弾テロで、大事な人たちを一瞬で失ったこと。
僕のしたことに何の意味があるんだ? 何の意味があったんだ? このつらい思いは? 今まで感じてきた苦悩は? この苦しみの意味は? 僕はどうしたら良いのだろう?
老夫婦が心配して声をかけてくれた。
「創。お前はもう日本にいる。過去を忘れろとは言わん。ただな、お前はもう平穏な、平和な生活をしても良いのだよ」
ずっと考えていた。父が言ったあの言葉を。
「日本の高校へ入れ」
決心した。そして老夫婦に言った。
「僕は高校へ行きたい」
老夫婦はとても喜んでくれた。そして、既に編入手続きを済ませていると言ってくれた。
そして二学期から高校生になることになった。
八月七日
老夫婦に、一人で暮らしたいと言った。彼らは強硬に反対したが、頭を下げて頼み込んだ。彼らはしばらく考えていたが、最後には了承してくれた。そして、僕の目の前に現金を置いた。
「百万円ある。これを当座の生活費に使え。何に使っても構わんが、酒や女に使うことだけは許さん。良いな?」
そう言った。ありがたくそのお金をもらうことにした。そしておじいさんの方がこう言った。
「部屋はあのアパートの好きな部屋を使え。ちょうど今は全部空いている。家賃は毎月ここへ持ってこい。あと、食事に困ったらここへ来い。飯くらい食わせてやる。それから、アルバイトをするのは週に三日を限度とする。私が言いたいのはそれだけだ」
その日のうちにアパートへ移った。どの部屋も六畳一間。キッチンとバス・トイレは別に仕切られるようにして板の間にあった。募集広告風に言えば1Kというところだろうか?
一番日当たりの良い東南の角部屋を選んだ。二階建てだったが、一階を選んだ。老夫婦は部屋の掃除を手伝ってくれた。そして、それが終わるとすぐに母屋(アパートが離れみたいに建っていたから彼らは自分たちが住んでいる所をそう呼んだ)へ戻っていった。
掃除の疲れを感じながら漠然と考えていた。これからの生活のことを。
八月八日
駅前の繁華街に、生活用品を買いに出て行った。
買うものといってもほとんど無かった。
布団は大家夫婦がくれた。ガスコンロはもとからついていた。卓袱台も小さいのを大家がくれた。電話機もくれた。既に番号とかの登録が済んでいた。心遣いがありがたかった。でもなべとかの調理器具は無かった。
だから、まずやかんを買った。そして、コーヒーが飲みたくなったので喫茶店に入り、コーヒーを飲んだ。その時、コーヒー・メーカーを買おうと思い立った。凝った物でなくて良い。ドリップできる程度のもので良い。それなら数千円で買える。すぐに電器店へ行き、望みのものを買った。
帰り道に、オートバイ屋があった。店頭に、中古のV―MAXが置いてあった。乗り出しで三十五万円の値札がついていた。格安だと思った。向こうでは人気があってしかも高い。王族やエグゼクティブしか乗れないバイクだった。もちろん、僕も買えなかった。店員と交渉し、三十万円まで値引きさせた。君はラッキーだよ、とその店員は言った。店に置ききれず、かといって買う人もいないからその値段にしてあげるんだ、そうも言った。
「ところで、免許はあるんだろうね?」
「免許?」
「このバイクは千二百CCなんだ。大型自動二輪免許が必要なんだよ。知らないのかい? 知らないで買うのかい? それじゃあ売ることはできないよ」
知らなかった。そんなに日本の免許制度が厳しいなんて。向こうじゃバイクから乗用車、果ては大型バスまで運転していたんだ。
「どうやったら取れるんですか? その大型自動二輪免許って?」
「今は教習所に行けば取れるよ。近い教習所を教えてあげるよ」
店員はとても親切で、そんなことまで教えてくれた。結局、バイクは僕が免許を取るまで店で預かってもらうことにした。その場で支払いをし、お礼を言った。
「お礼を言うのはこっちさ。やっと売れたからね、しかも現金払いだ」
その親切な店員は、笑ってそう言った。
そしてすぐに教習所に行き、手続きを済ませた。運良く明日から毎日二時間ずつ教習を受けることができた。予約を済ませて、受付の少し綺麗なお姉さんが言った。
「学科を受ける順番はどうする?」
学科? 学科って何だろう?
「学科って何ですか? 講義のことですか?」
「ええ、そうよ。効率よく受けていけば、来週には免許がもらえるようになるわよ」
「どうすればいいんだろう・・・」
思わず呟いていた。その受付のお姉さんは少し考えてから、時間割に鉛筆で丸をつけていった。
「こんな感じかしら? その順番に受ければすぐよ。がんばってね」
綺麗な笑顔で、微笑んでくれた。
そしてその場で教習所の代金を全額支払った。
それでも手元に五十万円以上残っていた。
とりあえず、あの大家に預かってもらう事に決め、食事をさせてもらいがてらその話をしに母屋に行った。
「なんだ。もうこんなに使ったのか? なんに使ったんだ?」
いちいちうるさいじじいだ。これからこいつはじじいと呼ぼう。
「バイクを買ったんだ。あと免許を取るための教習所の代金。銀行口座を開く方法がわからないから預かってくれよ」
「わかった。教えてやるから明日にでも銀行へ行って来い」
なんだ。ずいぶん簡単なんだな。




