忌まわしい記憶#10
訓練所の記憶を抱えて・・・
父親は久々の休日を取ることができた。そして家族全員で、ショッピング・モールへ買い物に行くことにした。
楽しかった。ウィンドウ・ショッピングをし、洋服を買い、レストランで食事をした。そしてまた、ショッピング・モールの中を散策し、皆でくつろいだ休日を過ごしていた。
帰り際にショッピング・モールの中庭にあるカフェテリアでコーヒーでも飲もうということになった。人が大勢いた。何の罪も無い、大勢の人が。この中で罪がありそうなのは僕だけだった。
コーヒーを頼み、空いている席を探していた。目の端に不審な物が映った。
少し離れたところにある黒い大き目のボストンバッグ。近くに持ち主らしき人物がいない。
通常は、絶対と言っていいほど荷物を置いたまま席を外すことは無い。持ち逃げされるからだ。それなのに、荷物だけが置き去りにされている。立ち並んでいる屋台の比較的近くに。
まずい。非常にまずい。ここから出るように言わなきゃ。
それは時限発火式だったらしい。煙が薄く見え始めた。白くて細い煙が。叫んだ。
「皆伏せて! 爆弾だ! 伏せて!」
伏せながら、大声で叫んだ。皆が手の届かない距離にいた。失敗だった。護衛としては失格だ。最低だ。最悪だ。自分だけ伏せた。
間に合わなかった。とっさに叫んだ日本語に、家族は反応しようとしていた。周りの人たちはわけもわからず、伏せる日本人の子供を呆然とただ見ていた。
その時、ちょうど爆発が起こった。
強烈な衝撃波。すさまじいほどの爆発音。どのくらい爆薬を詰め込んだんだ? 屋台やカフェテリアの白いテーブルや椅子。ショッピング・モールの窓ガラス。何もかもが吹き飛んでいた。
次に感じたのは、降ってくる屋台の破片や椅子やテーブルの破片。そして窓ガラスの破片。土埃の匂い。
目の前は瓦礫の山だった。血の臭いがしてきた。家族がいたほうを見てみた。彼らは体中ずたずたになって転がっていた。
なんてこった。この間抜けめ! 一体お前は何をしていたんだ! 家族を護れなくて何が護衛だ、警護だ! 自分で自分を呪った。呪っても呪っても飽き足らないくらいに。
伏せていたにもかかわらず、動けなかった。怪我が思った以上に酷かったのと、家族全員を目の前で失ったショックで。
周りではあちこちで悲鳴とうめき声がしていた。見回してみると、死体の山だった。
目を閉じた。見たくなかった。酷すぎる。こんな結末っていうのがあるのだろうか。動けない身体で神を呪った。神様なんて信じていなかったけれど、世界中の神様を呪った。ずいぶんと経ってから到着した救急車で病院に運ばれているときも、治療を受けているときも、病室で寝かされていたときも、神を呪い続けた。そして、自分を呪い続けた。
肉親を一瞬で失った。親戚なんかいなかった。頼る身寄りなんか無かった。
ヨルダンから日本大使館の人が来て、お悔やみの言葉をかけたあとでこう告げた。
「創君。君の古い知り合いだという老夫婦がわざわざヨルダンまで来ている。彼らと一緒に日本に帰りたまえ。帰って、ご家族の分まで平和に暮らすんだ」
そして荷造りをし、その大使館員と一緒にヨルダンへ行き、老夫婦と会った。父親が言っていた、あの父さんが世話になっていたという老夫婦。昔良く遊んでもらったあの夫婦。彼らが身元引受人になって、しかも日本での保護者として僕の世話をしてくれるという。
ありがたかった。とても嬉しかった。他人の好意がこんなに嬉しく感じるものだとは、思ってもいなかった。他人の好意を感じたのは、訓練所での仲間たちとの交流以来だった。




