忌まわしい記憶 #1
ハンドガンなどの武器に関する描写があります。
苦手な方はご注意ください。
訓練所に入る前に買ったグロック17の銃弾を十七発全て撃ち終わった。スライドはフル・オープンしていて、イジェクション・ポートが見えていた。だけど訓練どおりに、マガジンを抜いて弾倉に残弾が無いかを念のため確認した。銃が示している通り、弾は一発も残っていなかった。
そして、今までのつらい訓練がこれで終わったことを実感した。
教官のジェームズ・マッケンジーがいつの間にか僕の左後方にいた。
「これでお別れか。残念だ。非常に残念だ。君をもっと鍛えたかった。どうだ? 私も今日でこの訓練所との契約が終わる。君も一緒に来ないか? 次も私の部隊で君のその能力を伸ばしてみないか?」
「お気持ちは嬉しいのですが、教官。僕は家に帰ります。僕は今すぐにでも帰りたい。僕は家族を護りたいのです」
僕はうんざりしていた。自分が今日まで身に着けた技術にも、してきたことにも。だから、ジェームズが誘ってきても首を縦に振るつもりは毛頭無かった。
彼はまた言った。
「残念だ。非常に残念だ。君をもっと鍛えたかった」
ジェームズの組んだプログラムは、地獄のようだった。訓練生の間ではジェームズが悪魔の化身であることが信じられていた。僕もそう信じていた。
訓練生同士で、実弾を使った撃ち合いを強制した。テロリストの制圧を想定した訓練でも、要人暗殺とその護衛を想定した訓練でも。模擬弾は使用されなかった。そして、CQC(正式にはクロース・クォーター・コンバットと言うんだ)でも、本物のナイフの使用を強制した。
当然、事故と称する殺人が多発した。訓練生の何人かは運良くそれを免れ、指や目や身体の機能を失って訓練所を辞めた。そして、僕を含む何人かは、やはり運良くそれを逃れて生き残った。
よく彼は言っていた。
「ここで生き残れなければ、戦場へ出ても生き残れん。俺は生き残る技術を教えているんだ。ゲームを教えているんじゃない」
奴は人間じゃない。
ここは中東にあるX共和国。テロが多発する治安の悪い地域だ。殺人、誘拐、そして爆弾テロ。こんな所には来たくなかった。でも父親の仕事の都合で、しかも家族全員で移住することになったので、わがままを言うわけにはいかなかった。
家族は皆、無防備に外を出歩いた。外国人にとっては非常に危険なこの国で。僕は思った。僕が家族を護ろうと。
そして、父に頼んで射撃や護身術を教えてくれるという訓練所に入ることにした。選んだのは半年のコース。半年で、護身術と射撃術、テロを想定した訓練をしてくれるということだった。だけど、半年じゃ終わらなかった。
訓練所に入った初日に基礎的な体力トレーニングがあった。大人に混じってそれに臨んでいた。ビリに近かったが、何とかクリアした。体中が痛かった。
二日目に、ジェームズに呼び出された。
「お呼びですか?」
「お呼びですか、教官。と言え」
「お呼びですか、教官」
いちいち言い方まで直されるとは思ってもいなかった。まだ十三歳で、日本語だって教育途中なんだ。言い方なんか知るもんか。でも、厳しい顔で彼はこう言った。
「今日からお前は私の指揮下に入る。つまり、私はお前の上官という訳だ。逆らうことは許さん。いいな、わかったな。では、五分以内に二三○号教室へ自分の持ってきたハンドガンを持って集合しろ」
呆然とした。なんだって? 上官? 逆らうことが許されない?
「急げ、新兵! 残り四分しかないぞ!」
尻を蹴飛ばされ、否応無しに彼に従わざるを得なかった。
教官の指定した二三○教室には、既に三十五人近くの訓練生が集まっていた。皆いかにも軍人か元軍人といった風情で、僕が入っていくと当然驚いていた。
左に座っていた人が話しかけてきた。
「よう。俺はウィリアム・フォード。ビルって呼んでくれ。ところで、何だってお前みたいな赤ん坊がこんなところにいるんだ?」
「僕はツクル・ミドウです。よろしく。さっき教官にここに来いって言われたんです」
「あのジェームズ・マッケンジーが?」
「そうです」
そう言うと、ビルは絶句し僕の顔をまじまじと見てきた。なんだよ。人をじろじろ見るなよ。見世物じゃないぞ。そう思っていたときに、ジェームズが入ってきた。
「ようこそ、諸君。諸君たちは今日から一年間私の指揮下に入り、特殊部隊員として恥ずかしくない技術と経験を積んでもらう。実際に、現役の特殊部隊員として活躍している訓練生もいるが、今までに覚えたことは全て忘れろ。今すぐにだ。死にたくなければそうすることだ。私は今日から貴様らに生き残る技術を教える。戦場で生き残る技術だ。死にたくなければ私の言うことを聞け。そして、教室の角々に立っているのは私の代わりに貴様らを鍛える私の部下だ。そして貴様らの上官でもある。彼らの言うことは私の言うことと同じだ。絶対服従だ。逆らうことは許さん。どうだ、簡単だろう? 貴様らが既に、どこかの国の軍隊でしてきたことと大差は無い。違うのは貴様らに階級が無いことと、我々にも階級が無いことだ。我々を呼ぶときには、必ず最後に教官とつけろ。答えるときも同様だ。そして、貴様らにはこれから一個小隊として行動してもらう。言うことは以上だ。よし、各自ハンドガンを所持したままシューティング・レンジに三分以内に集合しろ。急げ、新兵!」
なんだって? 一年間? 特殊部隊員? 死ぬ?
ビルが僕の手を引いて立ち上がり、言った。
「気持ちはわかるが、言うことを聞かないと殺されるぞ。来い!」
慌ててビルのあとを追って走った。こうして訓練所での生活が始まった。
ジェームズは、どうやら特殊部隊員の間では伝説的な男らしい。何度も困難な任務を成功させ、生還したらしい。ビルが教えてくれた。そして、ジェームズは仲間でも、たとえ友人であっても、足手まといと判断した時点で撃ち殺すと。僕は恐怖した。
宿舎は当然のように個室じゃなかった。予想してはいたが、せいぜい二人部屋だろうと思っていた。でも、そんな考えは通用しなかった。狭い部屋に二段ベッドが人数分並んでいた。
一応自由時間はあった。毎日朝の六時から夜の九時までは訓練だった。九時以降は就寝の十二時まで自由だった。それも、緊急訓練と称してよく潰されたが。
僕は当然最年少で、皆に可愛がってもらった。本当によくしてもらった。特に、ビルとボブ・ハイデン、そして、トーマス・グレイン。ベッドがすぐそばだったこともあって、すぐに仲良くなった。あんなことが待っているとはその時は僕ら全員、そう、訓練生全員が思ってもいなかった。




