怪談:深淵を覗く時
私の趣味は小説を書くことだ。
様々な内容の小説を書いては、インターネット上にアップロードしている。反響があれば嬉しいし、目に見える技量の上昇には嬉しいものがある。
最近私が凝っているのは、ホラー小説だ。
短めのものを書いては、テンポよくアップロードしている。
奇妙なものを見たりするようになったのは、それからのことだ。
深夜、私は階段を登っていた。私以外の家族は夜が早い。寝静まった家族を起こさないためにも、電気は消したままだ。生家の階段など、目を瞑っていても登れる。
半ばまで差し掛かった辺りで、私は足を止めた。何かがおかしい。しかし、その何かがわからない。
首を傾げながら三段ほど登る。そこで、私は違和感の理由に気づいた。足音が可笑しいのだ。きゅっ、きゅっ、という床を踏みしめる音が、ずれて聞こえる。まるで、私の後を誰かがつけて来ているかのように。
後ろを見ても、当然、誰もいない。暗闇が広がるばかり。
おかしく思いながら、私は自室に戻り、PCの前に座った。その瞬間のことだ。
「ひぃ!」
私は大きな悲鳴を上げた。
電源をいれる前のPCのモニターに、奇妙なものが写り込んでいるのを見てしまったからだ。
それは、人間の顔だった。男でも女でもなく人間、と言っているのは、私にはそれの性別がわからなかったからだ。ぱさついた長い髪を前面に垂らし、除く表皮は腐っているのかぐちゃぐちゃ、皮膚下から液体が漏れている。歯はほとんどが抜け落ち、歯肉が痩せこけている。にも関わらず、それの目はらんらんと輝いていた。
腰を抜かしながらも後ろを見る。やはり誰もいない。何とか立ち上がって、PCのモニターを見る。真っ黒な画面には、部屋の内装が写り込んでいるだけで、先の顔など影も残っていない。
さて、見間違いだったのだろうか――そう思いながら、私はPCを立ち上げた。
翌日のことだ。
私は、トイレに座っていた。夏ということもあり、閉めきった個室で座っていると、じんわりと汗が滲んでくる。
用も済ませたし、さっさと立ち上がろうとして、気付いた。腰は上がるのだが、足が動かない。
おかしいなと思って足元を見て、私はまた悲鳴を上げた。
足首に、痣が残っている。それも、人の手の形に。まるで恐ろしい力――そのまま、足首を握り砕かんとするほどの力で、握り締めていたかのような痕だ。
そんなものはトイレに入るまで無かったし、当然トイレの下には床がある。何かが締め付けていることなどあり得ない。仮に締め付けていたとしても、すぐに分かるはずだ。
私はすぐにそこから這い出ていった。
さらに翌日。
私はラジオを聞きながら、PCの前で作業をしていた。
流れているのは音楽番組、曲は聞いたことがないものだったが、まじめに聞いているわけではないのでなんでもいい。
その放送が、ぶつりと途切れた。
はて、電池切れか。いやいや、ラジオは電池式ではなく、コンセントと繋がっている。或いは放送事故か。今の時代とはいえ、あり得ないことではないだろう。
そんな事を考えていると、放送が再開した。しかし、それは何かがおかしいものだった。
流れているのはニュース番組。今は中途半端な時間で、曲が途切れている間に音楽番組が終わったということはないはずだ。緊急ニュースにしては、アナウンサーの声に焦りがない。
ニュースの内容はありふれたものだったが、今の時間にニュースが流れている事自体が奇妙だったので、作業は中断してそちらに意識を集中することにした。
「昨晩○県×市で――」
おや、これは自分の地元ではないか。昨日の夜、何かが起こっただろうか? 交通事故か何かなら、あったかもしれないが。
「〇〇さん宅に強盗が押し入り、一家を殺害しました」
〇〇というのは私と同じ名字だ。偶然? いや地域的に多い苗字だし、おかしくはない。だが昨日そんな事件があったら、こんな時間のラジオ以外でも耳にしていそうなものだが――
「亡くなったのは……」
そこで流れてくる名前を聞いて、私は血の気が引いた。その名前は私の家族の名前。私自身の名前も含まれている。
「どういうことだ……」
そう呟いたときだ。
「貴方は死にました」
ラジオから、そう声が流れてくる。
「えっ」
「貴方は死にました貴方は死にました貴方は死にました貴方は死にました貴方は死にました貴方は死にました――」
狂ったようにそう連呼するラジオが恐ろしくなり、私はコンセントを引っこ抜いた。声はそれで止まった。
もう一度コンセントを入れてみると、先の音楽番組の続きが流れてきた。
さて、こうしたことが何故連続するのだろう。
心あたりがあるのは、私がホラーをアップロードし始めた頃からこの現象が始まったということだけだ。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ、という言葉通り、私はホラーを書くことによって何かを引き寄せてしまっているのだろうか。
或いは、そうやってホラーを書く私を襲うことで、この得体のしれない何かは自らを記録に残させようとしているのだろうか。ホラー小説として。
後者である可能性を信じて、私はこれを書いている。きっとこれがアップロードされれば、怪現象は終わってくれるはずだ。
前者であった場合は――どうすればいいのだろうか?