「 」
行き当たりばったり♪
何も考えず書きました。
そして執筆途中です。
足を引きずって歩く女。
何かを探し求めて歩く女。
その細い足には、鎖の千切れた枷。
どこから逃げてきたのだろうか。
どこまで逃げるのだろうか。
何を探しているのだろうか。
「ただ貴方が欲しいだけだった」
―――――耳元でそんな声がしたと思えば、夢を見ていたことに気づく。
寝ぼけ目を擦って目覚まし時計に目をやると、到底間に合わない時刻を指していた。
「はぁ~、なんで起こしてくれなかったんだよ」と大きなため息と嘆きを零した神崎悠輝は、
親に文句を言いに行こうと思ったら、既に両親共に出勤していた。
「朝からツイてなさすぎだろ…俺。とりあえず用意するか…。」
洗面台に向かい、寝癖のついた髪をワックスのついた手で乱雑にセットして、制服を少し着崩す。
平均よりは整った顔立ちをしているが、その性格の影響で「残念なイケメン」と称されるが本人は気にしていない。
男子からも女子からも人気で、彼に恋心を抱く女子も少なからずいたが、彼はそれすらも気づいていない。
珍しくテストを頑張って親に買ってもらったお気に入りの時計と、学校に教科書を置きっぱなしでやたらと軽い鞄を片手に家を出る。
通学途中に携帯の着信を確認すると、いつも通りの彼女からの連絡。今日も電話に出れなかった。
始業のチャイムまでの登校なんて諦めるしかなく、走るのも面倒で歩いて行く。
もちろん後ろなんて気にするはずも無い。
気づくはずも、無い。
最近悠輝は常に自分の後ろに足音と人の気配を感じるようになっていた。
どこに居ても、どれだけ歩いても、足音と気配は消えないが、後ろを見ても誰も居ない。
自分の僅か5mほどの距離に確かに感じる、ヒタヒタ…という足音。
最初こそぞっとしたものの、慣れてからは至って気にしなくなっていた。
今日の彼は星座占い12位。その運の悪さと、いつもの足音が違っているのも彼は気づいていなかった。
「おはよー」
結局寄り道をして、2限目前の休憩時間に着いた悠輝。
絡んでくる友達を華麗にかわしながら、自分の席へ着く。…ところが。
『神崎!!!コラ!!!職員室来なさいっていつも言ってるだろうが!!!』
呆気なく担任の東に捕まる。
「うわっ、離せってよ!」
『いいから来なさい!』
そのままズルズルと引きずられて行く自分をを呆れたように見守る彼女、辻村優奈の姿が見えた。
自慢するわけではないが、優奈は可愛い。
肩あたりまで伸びた、地毛でダークブラウンの、ゆるくカールしているがサラサラツヤツヤの綺麗な髪。
おそらく見る人のほとんどが目を引くであろう、綺麗な顔立ち。
小柄ながらも、確かに色気を感じるスタイル。
性格も穏やかで女の子らしく、友達も多い。さらにその容姿に惹かれる男も多かった。
悠輝はそんな彼女を誇りに思っていた。
ずっと守っていきたいと、そう思っていた。
――見えてしまったのだ、その、愛おしい彼女の後ろに。
元々彼には、霊感が無かったわけではない。
憑きやすい事も自覚していたし、遊び半分で危ない場所に連れて行かれて寺でお祓いをしてもらった事もある。
ただ、多感な時期には厳しいものだった。
彼女を鬼気迫る怨念の表情で睨み付け、刃物を片手に佇むものの姿。
さらに言えば細かな所まで見えすぎてしまうのだ。
血のにじんだ足首。そこにはめられた足枷。
乱れた白装束。そしてその女に気づかない周囲の人達。
間違いなくあれは生きたものでは無いと、そう思った。
担任に危うい単位の事も含め散々な説教をされたが、耳に入らなかった。
何より、彼女の後ろに見えた白装束姿の女が気になって仕方が無かった。
優奈の事ももちろん心配だ。
だが、最近自分の身に起こる事、見る夢、全てにおいて何か鍵を握っているのじゃないかと思ってしまった。
――『嫉妬?』
何事もなく過ぎ去っていたはずの日常に、間違いなく黒い影は潜んでいた。
「うん。最近、ほんと些細な事で嫉妬しちゃうの。ゆうちゃんがそんなつもり無いって、知ってるのに。美紀、これってなんだろ。」
『うーん…って言われてもねぇ…。』
困り果てた顔で考え込む渡部美紀は、優奈の旧友。
優奈とは対照的に、ショートカットで黒髪。
長身で、スポーツ万能の、姉御肌のような存在。
『あたしって、愛憎劇とかの話が分かるほど大人じゃないのよ。』
優奈と揃って美形と言われる彼女は、恋愛に関してそれほど興味が無かった。
『まぁでも、最近優奈しんどそうね。大丈夫?』
「ゆうちゃんの事信じてるから、大丈夫だよ。いつも心配ばかりかけてごめんね。」
〔あれ〕は確実に優奈を蝕んでいた。
元々、そんなに簡単に憂鬱な気分に苛まれるような事はなかった。
しかし、唯一愛した彼に感じる女の影、そしてその人物に心当たりが無いという不安。
そして時々自分に向けられているであろう、明らかな殺意。
不安定にならないはずが無かった。
一人、部屋で涙を流す事も多くなった。
理由は分からない。ただただ、流れる涙を拭き続けているだけの。
「ゆうちゃん、私何にも分からないよ…。」
そんな嘆きだけが、口から零れるだけの。
優奈の影に、悠輝は気づいていなかった。
元々彼はかなりの鈍感だ。
彼女を愛していないわけでもない。興味が無いわけでもない。
だが、あの時見えた女が気になって仕方が無い。
「誰なんだよ…優奈に寄るなよな…きもちわりぃ」
部屋の電気を消して、ベッドに寝転ぶ悠輝。
優奈と同じように、彼もまた、憂鬱だった。
―――「やっと…やっと見つけた…」
日頃の疲れから、眠りに落ちるか落ちないかのところで小さな声がした。
何を言っているのか聞き取れない、喉が潰れたような、しわがれた声。
――――「貴方……欲し…い……あの子…邪魔」
さすがの鈍感な悠輝でも、聞こえないわけが無かった。
はっきりと聞こえた、「邪魔」という声。
何が邪魔なのかまでは聞こえなかった。
「…誰かいるのか?」