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乙女ゲーム世界の悪役令嬢に転生しましたが、転生した先はレビュー☆1.2のクソゲーでした  作者: 小桜とおと
第1章

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第7話 断罪イベント——予約済み

 入学から五ヶ月が過ぎた。


 攻略wikiの最速チャートが示す「断罪イベント」の発生時期は、入学後約六ヶ月。


 あと、一ヶ月。


 ヒロインイベントは順調に——いや、脚本通りに進行していた。リリアーナの好感度はアレクシスを筆頭に着実に上がり、カイルもフェリクスも彼女の「涙」に絡めとられつつある。


 一方、私への嫌疑は少しずつ積み上がっていた。


 濡れ衣事件以降、リリアーナは手口を変えた。直接的な嘘泣きではなく、もっと巧妙な——噂話の流布、偶然を装った衝突、第三者を使った間接的な印象操作。


 ゲームのシナリオでは、これらの工作が全て成功し、断罪イベントまでに「悪役令嬢は黒」という空気が完成する。


 現実でも——大筋は同じだった。私がいくら品行方正に振る舞っても、リリアーナの工作は止まらない。ゲームの「強制イベント」に相当する部分は、やはりある程度は進行してしまう。


 だが、決定的に違う点がある。


 ゲームでは全員が悪役令嬢を「黒」と信じた。


 現実では——疑っている人間がいる。


 ローゼリア。ルシアン。フェリクスの一部。クラリッサを含む数名の令嬢たち。そして何より、私自身が「無実である」という事実を、証拠とともに保持している。


 今日は——その準備の仕上げだ。



      *



 放課後。中庭。


 いつもの噴水のベンチに、ルシアンが座っていた。私が来ると、本から目を上げる。この五ヶ月で、彼の表情は目に見えて柔らかくなった。少なくとも、私の前では。


「ルシアン。今日は少し、真面目な話をしてもいいかしら」


「いつも真面目だと思うが」


「……それもそうね。では、もっと真面目な話を」


 薔薇の生垣を確認する。誰もいない。この中庭に来るのは私たちだけだ。


「断罪イベント——もとい。近いうちに、王子殿下が私を公の場で糾弾する可能性があるわ」


 ルシアンの目が細くなった。


「根拠は」


「リリアーナ様の動き。この一ヶ月で、私への包囲網が急速に狭まっている。噂の流布、間接的な印象操作、攻略対象——もとい、殿下の側近たちへの接触。全て一つの目的に向かっているわ」


「公開の場での断罪」


「ええ。おそらく来月の学園舞踏会。王族臨席の公式行事で、最も効果的に『悪役令嬢』を処断できる場」


 ルシアンが沈黙した。


 彼が考えている間、私は噴水の水面を見つめていた。


 この五ヶ月間——楽しかった。


 レビュー通りのクソ脚本に囲まれた学園生活だったけれど、ローゼリアとの友情、中庭での穏やかな時間、ルシアンとの会話。そのすべてが、☆1.2のクソゲーの中で見つけた本物の宝石だった。


「回避する手段はないのか」


「……あるかもしれない。でも、私は回避しない」


 ルシアンの灰色の瞳が、鋭く光った。


「なぜだ」


「断罪されて、追放される。それが——私にとっての最適解だから」


 これは説明が難しい。「前世でプレイしたクソゲーの攻略wikiに、追放エンドが唯一の当たりルートだと書いてあったから」とは言えない。


「この学園にいる限り、あの男爵令嬢の工作は止まらないわ。証拠を揃えて反論しても、殿下の心証は変わらない。ここに留まり続けることのコストが、去ることのコストを上回っている」


「……合理的な判断ではある」


「でしょう?」


「だが」


 ルシアンが立ち上がった。


 向かいのベンチから、私の前に来た。見下ろす灰色の瞳に、いつもの凪ぎはなかった。


 静かな——怒り? いや、違う。もっと複雑な感情。


「俺は、合理的な判断だから受け入れろと言われて、はいそうですかと言える人間ではない」


「……ルシアン」


「あなたが追放されるのを、黙って見ていることはできない」


 心臓が、大きく鳴った。


 この言葉は——wikiにも、レビューにも、フォーラムにも、どこにもない。


 これは、ルシアン・ヴォルフ・ヴァンシュタインという「人間」の、本心からの言葉だ。


「……ありがとう」


 声が震えそうになるのを、必死に堪えた。


「でも、お願い。今は、私の計画を信じて」


「計画?」


「追放された先で、私は必ず幸せになるわ。準備はもう整えてある。だから——」


 今度は私が、彼の目をまっすぐに見つめた。


「見送ってくれる?」


 長い沈黙。


 噴水の水音だけが、二人の間を流れる。


「……一つだけ、条件がある」


「何?」


「追放された先に、俺が会いに行くことを許してくれ」


 ——え。


「それは——」


「許可を求めている。断るなら理由を聞く」


 このゲームの隠しキャラは、本当に——予想外のことばかり言う。


 攻略wikiには、追放エンド後に「ルシアンとの隠しイベントが発生する」とあった。バグだとも、カットされた正規ルートの残骸だとも言われていた。


 まさか——それが、こういう形で現実になるとは。


「……わかったわ。許可する」


「ああ」


 ルシアンが頷いた。その表情は——いつもの無表情に戻っていた。


 でも、耳の先がわずかに赤いのを、私は見逃さなかった。


 ……wikiには「ルシアンは照れると耳が赤くなる」なんて書いていなかった。


 これもまた、☆0.2に含まれていなかった価値だ。



      *



 その夜、寮の自室で最終確認を行った。


 追放後の準備。


 一つ。辺境での住居と生活基盤。五年前から少しずつ、父上に知られないよう個人資産を辺境方面の不動産に投じていた。名義はメルの遠縁の商家を経由してある。


 二つ。ローゼリアへの情報提供。聖氷花の入手ルートと弟の治療に関する資料を、すでに彼女に渡してある。追放後でも、ローゼリアは自力で弟を救える。


 三つ。私の無実を証明する証拠一式。リリアーナの工作の記録、目撃証言の記録、時系列の矛盾を整理した文書。これは追放時には使わない。後日、然るべきタイミングで表に出す。


 四つ。学園での実績記録。首席の成績証明、教師からの評価書、生徒会での貢献記録。「追放された令嬢がどれだけ優秀だったか」を後から証明するための材料。


 全て揃っている。


 攻略wikiの「追放エンド攻略チャート」のStep3までは完了。


 残るはStep4——「新天地で」の先。あの日読めなかった続き。


 スマートフォンの画面で途切れた、あの一文の先を——これから、自分の足で歩む。


「準備完了」


 窓の外には、月が輝いていた。


 来月の学園舞踏会。☆1.2のクソゲーの山場。プレイヤーが全員コントローラーを投げたという断罪イベント。


 私は投げない。


 投げる代わりに——笑って、退場する。


 その先に待っているのが☆4.5の世界なら——怖くない。


 ルシアンが会いに来てくれるなら——なおさら。

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