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乙女ゲーム世界の悪役令嬢に転生しましたが、転生した先はレビュー☆1.2のクソゲーでした  作者: 小桜とおと
第1章

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第4話 最初の濡れ衣はレビュー通り

 入学から一ヶ月が経とうとしていた。


 その間、中庭でルシアンと会う回数は六回を数えた。互いに本を読むだけの時間が、いつの間にか短い会話を含むようになり——いや、その話は後だ。


 今は、もっと差し迫った問題がある。


 攻略wikiのイベントチャートによれば、入学一ヶ月目に発生するのが「最初の濡れ衣イベント」。


 ゲームではこうだった。


 『第四イベント「廊下の涙」。リリアーナが泣きながら教室に駆け込み「セレスティア様にひどいことを言われました」と訴える。王子が激怒。悪役令嬢に詰め寄る。どのように進行してもヒロインの好感度+15、悪役令嬢の信用-20。クソゲー(3回目)』


 さすが☆1.2のクソゲー、プレイヤーの人権を完全に無視している。


 だが——これはゲームではない。


 選択肢はいくらでもある。私が自由に動ける。


 だから、準備はすでに済ませてあった。



      *



 その日の昼休み。


 私は教室でローゼリアと昼食をとっていた。いつも通りの穏やかな時間。


 と——廊下から、甲高い泣き声が聞こえた。


「うう……ひどい……セレスティア様に、そんなことを……っ」


 来た。


 リリアーナ・ミルフェが、目を真っ赤にして教室に駆け込んできた。蜂蜜色の髪が乱れ、翠の瞳から大粒の涙がこぼれている。


 ——絵に描いたような被害者面だ。


 レビューの言葉が蘇る。『このゲームのヒロインは泣くことを呼吸と同じレベルで行う。涙の供給量は無限。なお成分は九割が計算、一割が水分である』


 リリアーナの泣き声を聞きつけて、周囲の生徒たちが集まってくる。


 そして——金色の髪が、人垣を割って現れた。


「リリアーナ! どうした、何があった!」


 アレクシス王子。声には怒りと焦りが混じっている。


 予定通り。レビュー通り。☆1.2のクソ脚本通り。


「せ、セレスティア様が……廊下で、私に……『男爵家の分際で殿下に近づくな』と……」


 リリアーナが涙声で訴える。


 アレクシスの碧い瞳が、私を射抜いた。


「セレスティア。本当か」


 周囲の視線が一斉にこちらに集まる。好奇、不安、そして——期待。誰かが断罪される場面を見たいという、人間の暗い好奇心。


 ゲームなら、ここで選択肢が出る。「弁明する」か「黙る」か。


 私は——どちらも選ばない。


「殿下。一つ、確認させてください」


 声は穏やかに。表情は崩さない。公爵令嬢の品格を、一ミリも揺るがさない。


「リリアーナ様がおっしゃる『廊下で』というのは、いつ、どの廊下でしょうか」


「……え?」


 リリアーナの涙が、一瞬止まった。


「だって今さっき——」


「今さっき、ですか。では、ここ二十分ほどの間でしょうか」


 私は穏やかに微笑んだ。


「殿下。私はこの二十分間、この教室でローゼリアと昼食をとっておりました。ローゼリア、そうよね?」


「は、はい。セレスティア様はお昼の鐘が鳴ってからずっとここにいらっしゃいます」


 ローゼリアが少し緊張しながらも、はっきりと答えてくれた。


「それだけではありません」


 私は教室の隅にいる女子生徒に目を向けた。クラリッサ・フォン・ヘルマン。伯爵家の令嬢で、私の二つ隣の席に座っている。


「クラリッサ様。私が昼休み中ずっとここにいたこと、ご確認いただけますか?」


「え、あ、はい……セレスティア様は昼食中ずっとこちらに」


 クラリッサが戸惑いながらも頷く。


 これで証人は二人。しかも一人は利害関係のない第三者。


 ゲームではこの証拠提示のシステムが存在しなかった。プレイヤーが選べるのは「弁明する」か「黙る」だけ。どちらを選んでも証人を呼ぶことはできず、王子の判断は変わらない。


 だが、ここはゲームではない。


「リリアーナ様。私は先ほどからこの教室におりました。廊下には出ておりません。……何かのお間違いではありませんか?」


 リリアーナの表情が、わずかに歪んだ。


 ほんの一瞬。計算が狂った顔。


 すぐに涙の表情に戻したが——私は見逃さなかった。


 そしてもう一人、見逃さなかった人間がいた。


 教室の入り口近く。壁に寄りかかるようにして立っていた黒髪の青年——ルシアン・ヴァンシュタインが、わずかに目を細めたのを、私は視界の端で捉えていた。


「そ、そうでしたの? ごめんなさい、私、動揺していて……別の方とお間違いしたのかもしれません……」


 リリアーナが涙を拭きながら、必死に取り繕う。


 アレクシスの表情が複雑に揺れた。怒りの矛先を失った戸惑い。


「……そうか。間違いだったのならいい。リリアーナ、大丈夫か?」


「はい……殿下が来てくださっただけで、私は……」


 涙。また涙。


 王子はリリアーナの肩に手を置き、優しく声をかけている。


 ——あのね。「間違い」の検証もせずにヒロインを慰めるのは、☆1のレビューをつけられた理由そのものなんですけど。


 でもまあ、今回は私の完全勝利だ。


 嫌疑は晴れた。証人もいる。そしてリリアーナの「嘘」が——ほんのわずかだが——周囲の生徒の記憶に刻まれた。


 今はまだ「間違いだったのかも」程度だ。でもこの小さな違和感が、六ヶ月後に大きな意味を持つ。


 攻略wikiには書いていなかった。プレイヤーには選べなかった。


 でも私は、選んだ。


「セレスティア様、大丈夫ですか? お辛くありませんでした?」


 ローゼリアが心配そうに私の手を握る。


「大丈夫よ。ありがとう、ローゼリア。あなたが証言してくれて、助かったわ」


「当然ですわ! だって、セレスティア様がそんなことをおっしゃるはずがないもの!」


 ——この子の信頼を、裏切るつもりはない。


 昼休みの喧騒が戻ってくる中、私はちらりと教室の入り口に目を向けた。


 ルシアンはすでにいなかった。


 でも——彼が何を見ていたか、私にはわかっていた。


 リリアーナの涙の裏にある計算を。そしてそれを見抜いていた私を。


 次に中庭で会った時、彼は何を言うだろう。


 それだけは——攻略wikiにも、レビューにも、書いていない。

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