第2話 攻略対象その1——知的指数推定3
入学式の翌日から、授業が始まった。
王立星彩学園のカリキュラムは、レビューで「設定だけは凝っている」と評された通り、なかなかに本格的だった。魔法理論、歴史学、社交術、剣術基礎。午前四科目、午後二科目の詰め込みスケジュール。
——もっとも、内容自体はこの十年で予習済みだ。
ゲームの設定資料集に載っていた教科書の内容を、公爵家の家庭教師に頼んで先取りしておいた。首席の座は確保しておきたい。
追放後に「実は学園の首席だった令嬢を追い出した」という事実が、周囲の後悔を最大化する材料になるからだ。
ゲーマーの知恵は実生活にも役立つ。
さて、一限目の魔法理論。
教室に入ると、すでにほとんどの席が埋まっていた。ローゼリアと並んで前方の席に座る。
ゲームでは「悪役令嬢は後方の席でヒロインを睨んでいる」という描写だったが、そんな非効率なことはしない。前の席の方がよく聞こえるし、教師の覚えもいい。
「おはようございます、セレスティア様!」
「おはよう、ローゼリア。今日も元気ね」
「だって楽しみですもの! 魔法理論、昨夜予習してきましたのよ!」
……この子の勤勉さは本当に好ましい。
と、教室の空気が変わった。
入り口から、金色の髪が揺れて入ってくる。
第一王子、アレクシス・ロイ・グランディア。
取り巻きの貴族子息を数名従え、教室の真ん中あたりの席に堂々と座った。
周囲の反応を観察する。女子生徒の八割が頬を染め、男子生徒の半数が緊張した面持ちで姿勢を正している。
……まあ、見た目は文句のつけようがない。金髪碧眼、均整の取れた顔立ち、王族特有の気品。これだけのビジュアルを持ちながら中身が壊滅的だから、☆1をつけられるのだ。
ゲームフォーラムの投稿を思い出す。
『アレクシスの顔面偏差値は75、判断力偏差値は25。合計100を人数の2で割って50。平均的に見えるが、判断力25の方が致命的なので総合評価はマイナス。顔で許されると思うなよ』
辛辣だが、的確だった。あのフォーラムの住人たちには批評家としての才能がある。
「セレスティア様、王子殿下がこちらをご覧になっていますわ」
ローゼリアが囁く。
確かに、アレクシスがこちらを一瞥した。公爵令嬢の顔を確認した、という程度の視線。
ゲームの設定では、アレクシスとセレスティアの関係は「婚約者候補」だ。
正式な婚約ではないが、公爵家と王家の間で暗黙の了解がある。だからこそセレスティアは「王子を取られた嫉妬」でヒロインを虐めるという筋書きになっている。
もちろん、私にそんな感情は一切ない。
☆1.2の攻略対象に嫉妬する悪役令嬢など、存在しない。
「気にしなくていいわ、ローゼリア。授業に集中しましょう」
と——教室の入り口が、もう一度動いた。
蜂蜜色の髪。控えめな足取り。少しだけ不安そうな表情。
リリアーナ・ミルフェが、教室に入ってきた。
——来た。
攻略wikiによれば、これから最初の「ヒロインイベント」が発生する。
『第一イベント「教室での出会い」。リリアーナが席を探して迷っている時に、アレクシスが声をかける。選択肢なし(強制イベント)。このイベント後、アレクシスのリリアーナへの好感度が+10される。クソゲー』
リリアーナが教室をきょろきょろと見回している。席がわからないふり。男爵家の令嬢は席順の指定がないので、空いている席に座ればいいだけなのだが——あえて迷って見せる。可憐に。健気に。
案の定。
「——おい、そこの。席がわからないのか?」
アレクシスが声をかけた。
教室の空気が動く。王子が自ら声をかけた。男爵令嬢に。
リリアーナが大きな目を見開く。
「あ……殿下がわざわざ、私のような者に……もったいないお言葉です……!」
翠の瞳が潤む。
——三秒で涙。これはもはや特殊技能だ。レビューで「涙腺が壊れている」と書かれていたのは比喩ではなかった。
「気にするな。困っている者を助けるのは当然のことだ」
アレクシスが爽やかに笑った。
……うん。セリフだけ聞けば、悪くない。
問題は、この「正義感」がヒロインにしか適用されないことだ。六ヶ月後、私がどんな冤罪を着せられても、こいつは助けてくれない。それどころか断罪する側に回る。
レビューの言葉が脳裏をよぎる。
『正義の味方ではなく、可愛い女の子の味方。それを正義と呼ぶな』
ごもっとも。
リリアーナがアレクシスの近くの席に案内される。周囲の令嬢たちが複雑な表情を浮かべている。嫉妬半分、興味半分。
そしてリリアーナが——ちらり、と。
こちらを見た。
一瞬だけ。ほんの一瞬。
その瞬間の翠の瞳には、さきほどの潤みなど一滴もなかった。
冷たい、計算の光。
——ゾッとした。
いや、レビューで読んで知ってはいた。
『リリアーナの目が一瞬だけ変わるシーンがある。プレイヤーは気づくが、ゲーム内キャラは誰も気づかない。この演出だけは開発の仕事を認める』
「演出」を「現実」として見ると、想像以上に怖い。
あの目は——人を駒として見る目だ。
今、リリアーナは私を「利用できる駒」として査定した。悪役令嬢は、ヒロインにとって「被害者アピールの道具」なのだから。
……上等。
使われるつもりはないし、そもそも追放エンドまでの辛抱だ。
私は何事もなかったかのように教科書を開き、授業の準備をした。
「セレスティア様? 少し顔色が悪いですけれど……」
「大丈夫よ、ローゼリア。少し——この学園の空気を確認しただけ」
一限目の鐘が鳴る。
☆1.2のクソゲー、第一イベント完了。
攻略wikiの通り、私にできることは何もなかった。ヒロインは王子の好感度を着実に稼ぎ、悪役令嬢は観客席に座るだけ。
でも——忘れないで。
このゲームの最適解は「追放エンド」。
つまり、敵の好感度イベントが進めば進むほど、私の勝利条件に近づくということ。
どうぞ、好きなだけイチャイチャしてくれ。
その先に待っているのが何か——レビューを読んだ私だけが知っている。




