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第1話 入学式の答え合わせ

 王立星彩学園の正門は、レビューの通り「背景美術だけは☆3」だった。


 青い空を背景にそびえる白亜の校舎。薔薇のアーチが連なる並木道。


 遠くには湖面が光を弾いていて、正直、目を疑うほど美しい。


 ——そう。このゲームは、背景とBGMだけは一流だった。


 レビューにも書いてあった。『世界観とビジュアルは文句なし。なぜこのガワでこの中身を作れたのか、逆に開発の才能を疑う』


「セレスティア様、緊張されていますか?」


「いいえ。ただ——景色を眺めていただけよ」


 隣を歩く侍女のメルに微笑みかける。表面上は公爵令嬢の余裕。内心では『テクスチャの解像度がすごいな、現実になるとこんなに綺麗なのか』と感心している。


 十年は長かった。


 その間にやったことは三つ。


 一つ。公爵令嬢としての教養を身につけた。魔法、礼儀作法、社交術、学問。ゲームの設定資料によればセレスティアは「学年首席の才女」なので、設定に見合う実力をつけておかなければ不自然だ。


 ——結果として、自分でも驚くほど魔法の才能があった。ゲームではただの「嫌な女」だった悪役令嬢が、実は天才だったらしい。開発は何も分かっていない。


 二つ。「追放後」に必要な準備を少しずつ進めた。知識の蓄積、信頼できる人脈の構築、万が一のための資産の確保。十年あれば、五歳の子供でもそれなりのことができる。


 三つ。前世の記憶を整理した。ゲームの攻略情報、レビュー、wikiの記述、フォーラムの議論。覚えている限り全てを脳内でまとめ、「いつ何が起きるか」のタイムラインを作成した。


 準備は万全。


 さあ——クソゲーの舞台に、入場だ。



      *



「セレスティア様! ごきげんよう!」


 正門をくぐった途端、栗色の髪がふわりと揺れて、一人の少女が駆け寄ってきた。


 ローゼリア・フォン・シュヴァルツ。侯爵家の令嬢。


 ——ゲームでの役割は「悪役令嬢の取り巻きその1」。要するにモブ。


 だがレビュー欄での彼女の評価は、モブとは程遠かった。


 『ローゼリアが不憫すぎる。悪役令嬢に付き従っただけで連座退学? こんな脚本を書いた人間の倫理観を問いたい』


 『ローゼリアを救うDLCまだ? このキャラだけ妙にバックストーリーが作り込まれてるんだけど、開発が途中で愛着湧いたんじゃないの?』


 前世でゲームをプレイした時、私はローゼリアのバックストーリーを読んで唯一泣いた。


 病弱な弟のために必死に立ち回る健気な少女が、ヒロインの逆鱗に触れただけで全てを失う理不尽。あのシナリオを考えた開発の狂気は計り知れない。


「ごきげんよう、ローゼリア」


 この子は守る。絶対に。


 ゲームの脚本がどう書かれていようと関係ない。


 この十年間、手紙のやりとりを通じて対等な友情を築いてきた。ゲームの「取り巻き」を、現実の「親友」に書き換えるために。


「わぁ、学園って本当に綺麗ですわね! お庭の薔薇、全部で七品種ありますのよ!」


「詳しいのね」


「だって、三日前から園芸部の資料を読み込んできましたもの!」


 ……この子は本当にいい子だ。レビューの言う通り、開発が途中で愛着を湧かせたのだと思う。このゲームの登場人物で、ローゼリアだけが「人間」をしている。


「さ、行きましょう。入学式に遅れたら大変ですわ」


「ええ、そうね」


 腕を組んで、並木道を歩く。周囲の新入生たちがちらちらとこちらを見ている。銀髪の公爵令嬢は目立つらしい。


 ——と。


 その視線の中に、一つだけ、妙に鋭いものがあった。


 並木道の木陰に立つ青年。黒い髪、灰色の瞳。背が高く、制服の着こなしに隙がない。


 ルシアン・ヴォルフ・ヴァンシュタイン。


 辺境伯家の嫡男。そして——攻略wikiで唯一☆5の評価を受けた隠しキャラ。


 『このゲーム唯一の良心。冷静で知的、かつ人間的な深みがある。攻略できないなら何のためにいるのか。☆1.2の端数は彼への敬意』


 不意に、目が合った。


 灰色の瞳がこちらを捉え、一瞬だけ——本当に一瞬だけ、何かを測るような光を帯びた。


 心臓が跳ねた。


 ……落ち着け。これはゲームキャラへのファン心理だ。前世で「ルシアンルートを実装しろ」とフォーラムに百回書き込んだ人間の正常な反応だ。推しに見つめられて動揺するのは、オタクとして当然の——


「セレスティア様? どうなさいました?」


「……何でもないわ。行きましょう」


 ルシアンは視線を外し、何事もなかったかのように校舎の方へ歩いていった。



      *



 入学式は、つつがなく進んだ。


 学園長の長い挨拶。在校生代表の歓迎の辞。来賓の祝辞。どれもゲームでは早送りしたシーンだ。現実で聞くと、さらに長い。


 式の最中、私はさりげなく会場を観察していた。


 前方の貴賓席。金髪碧眼の青年が退屈そうに座っている。


 第一王子、アレクシス・ロイ・グランディア。


 ——このゲームのメイン攻略対象にして、プレイヤーフォーラムで「ゲーム史上最も攻略する価値のない攻略対象」に選ばれた男。


 レビューを思い出す。


 『アレクシスルート、苦行。ヒロインの涙を見た瞬間にIQが一桁になる。「正義感が強い」という設定のはずなのに、冤罪を冤罪と見抜けない時点で正義もクソもない』


 『顔面偏差値75、判断力偏差値25。足して割っても救いがない』


 確かに、見た目は文句のつけようがない。金髪碧眼、均整の取れた顔立ち、王族の品格。これだけのビジュアルを持ちながら中身が壊滅的だから、レビューで☆1をつけられるのだ。


「ねえ、ローゼリア」


「はい?」


「あの王子殿下、どう思う?」


「……とてもお美しい方ですわね。でも」


「でも?」


「目が退屈そうですわ。入学式で退屈そうにする方を、私はあまり信用しませんの」


 ——ローゼリア、やっぱり見る目がある。


 式典が終わり、新入生が三々五々と講堂を出ていく。


 その人波の中を、一人の少女がゆっくりと歩いてきた。


 蜂蜜色の髪。大きな翠の瞳。控えめな微笑みを浮かべ、すれ違う人々に可憐に会釈をしている。


 男爵令嬢、リリアーナ・ミルフェ。


 ——ヒロイン。


 レビューサイトでの評価が、即座に脳裏に浮かぶ。


 『操作キャラなのにヘイトが溜まるのは、ある意味で技術的偉業。開発はヒロインの作り方を根本的に間違えている』


 『この女、初対面から笑顔が計算高い。プレイヤーは気づいているのに、ゲーム内の全キャラが騙されるのは脚本の怠慢』


 蜂蜜色の髪が揺れた。


 リリアーナがこちらを見た。翠の瞳が、私を認識する。


 ——そして、花が咲くように微笑んだ。


「まあ! あなたがセレスティア様ですわね? お初にお目にかかります。リリアーナ・ミルフェと申します」


 無邪気な声。天真爛漫な笑顔。


 ——レビューの通りだ。


 この笑顔の裏に、いくつの計算が走っているのか。


「ごきげんよう、リリアーナ様。お目にかかれて光栄ですわ」


「これからよろしくお願いいたしますわね、リリアーナ様。何かお困りのことがあれば、いつでもお声がけください」


「まあ、お優しい……! 嬉しいですわ!」


 リリアーナの目が潤む。


 ——早い。初対面で涙ぐむのは早い。


 レビューの言葉がよぎる。『涙の安売り。第一話から涙腺全開。感動ではなく恐怖を感じる』


 心の中でレビューに全力で「いいね」を押しながら、公爵令嬢の微笑みを崩さなかった。


「では、また教室でお会いしましょう」


「はい! 楽しみにしていますわ、セレスティア様!」


 リリアーナが去っていく。


 その背中を見送りながら、ローゼリアが私の袖をそっと引いた。


「セレスティア様」


「何?」


「あの方……少し、不思議な感じがしませんでした?」


 ローゼリア。あなたは本当に、このゲームで唯一まともな感性の持ち主だ。


「そうね。……少し、気をつけておきましょうか」


 入学初日。


 登場人物は出揃った。クソゲーの舞台は整った。


 攻略対象はレビュー通り。ヒロインもレビュー通り。唯一の隠しキャラは、レビュー以上に——


 ……いや。あの灰色の瞳のことは、今は考えない。


 さて、ここからが☆1.2の物語の始まりだ。


 ただし、結末だけは——レビュアーたちが望んだ「追放エンド」の、その先にある☆5の未来へ。

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