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プロローグ ☆1——これが私のレビューでした

 ——☆1。プレイ時間十二時間の苦行。ヒロインに一切感情移入できない。攻略対象の知能指数が人類の平均を大幅に下回っている。


 唯一の良キャラは攻略不可。開発の正気を疑う。返金を希望する。



 これは私——前園(まえぞの)星奈(せいな)が、乙女ゲーム『星彩(せいさい)のエトワール ~乙女たちの学園譚~』に投稿したレビューである。


 ☆5段階評価で、☆1。


 友人の美咲(みさき)に「やばいクソゲーがあるんだけど、怖いもの見たさでやってみない?」と勧められ、定価三千三百円を溝に捨てる覚悟で購入した。


 結果として、三千三百円以上の精神的損害を被った。


 舞台は王立星彩学園。名門貴族の子息令嬢が集う学園で、主人公のヒロイン——男爵家の令嬢リリアーナが、四人の攻略対象と恋を紡ぐ、よくある学園恋愛もの。


 設定だけなら悪くない。


 問題は中身だった。


 ヒロインのリリアーナは、設定上は「天真爛漫で純粋な少女」。だが実際のシナリオでは、涙を武器に周囲を操り、都合が悪くなると嘘泣きで乗り切る、控えめに言って最悪の人格だった。


 プレイヤーフォーラムには「自分が操作するキャラに殺意が湧いたのは初めて」という投稿が三百件以上あった。


 攻略対象の第一王子アレクシスは、ヒロインの涙一つで理性が蒸発する知性の持ち腐れ。


 騎士家の嫡男カイルは脳の九割が筋肉でできており、残りの一割で呼吸をしていた。


 魔術師フェリクスは設定資料だけ見れば魅力的だが、ゲーム本編での出番がほぼなく、存在意義そのものが問われていた。


 そして——悪役令嬢、セレスティア・フォン・エーデルシュタイン。


 公爵令嬢。銀髪紫眼。ゲームでの立ち位置は「ヒロインを虐める嫌な女」。


 だがプレイヤーの評価は真逆だった。


 『セレスティアのほうが100倍まとも。開発はキャラの魅力と役割を間違えている』


 『悪役令嬢を攻略できないなら何のためのゲームだ?』(?)


 『追放エンドだけ☆4.5。セレスティアがあの地獄みたいな学園から解放されて、ようやく幸せになれる唯一のルート』


 レビューサイトの平均評価は☆1.2。


 その☆0.2の上乗せ分は、攻略対象ですらない隠しキャラ——辺境伯家の嫡男ルシアン・ヴォルフ・ヴァンシュタインの存在によるものだった。


 攻略wikiにはこう書いてあった。


 『ルシアン・ヴァンシュタイン。攻略不可。なのに全キャラ中最も魅力的。冷静沈着で知的。かつ人間的な深みがある。このキャラがいなければ☆1.0だった。☆1.2の端数は彼への敬意』


 私はそのwikiに赤太字で追記した。


 ——「ルシアンルートが実装されていないのはバグです。ゲームデータを解析したところ、未実装のCGとテキストデータが大量に発見されました。ルシアンルートの完成度は推定七割。開発途中でカットした形跡あり。☆1.2のうち☆1.0はルシアンに対する功績評価です」


 我ながら執念深いレビューだったと思う。


 ——そして、私は死んだ。


 理由は拍子抜けするほど単純だった。大学からの帰り道。スマートフォンで攻略wikiの更新を確認していたら、信号が変わっていた。トラックのクラクションが聞こえた時には、もう遅かった。


 最後に見えたのは、スマートフォンの画面に表示された攻略wikiの文字列。


 『追放エンド攻略チャート——Step1. 断罪イベントまで普通にプレイ。Step2. 弁明を選択しない。Step3. 追放を受け入れる。Step4. 新天地で——』


 Step4の先を読むことなく、意識が途切れた。



      *



 次に目を開けた時、私は天蓋つきの寝台にいた。


 赤ん坊だった。


 自分が赤子であると理解するのに三日かかり、泣くことと眠ること以外にできることがないと悟るのにさらに一週間かかった。


 やがて耳が言葉を拾い始める。


「セレスティアお嬢様」


「公爵閣下に似て美しい銀のお髪」


「さすがはエーデルシュタイン家の——」


 エーデルシュタイン。


 その名を聞いた瞬間、前世の記憶が雪崩のように蘇った。


 確信を得たのは五歳の時だ。


 父上の書斎に忍び込み、壁に飾られた家紋を見た。蒼い翼を広げた鷲。六芒星に縁取られた盾。


 エーデルシュタイン公爵家の紋章。


 乙女ゲーム『星彩のエトワール』の——悪役令嬢の、実家の家紋。


「……☆1.2のクソゲーに転生した」


 五歳児の口から出ていい言葉ではなかったが、幸い周囲に人はいなかった。


 書斎の椅子によじ登り、窓の外を見た。広大な庭園。遠くに王都の尖塔。そしてさらにその向こうに見える、高い時計塔。


 王立星彩学園。


 あそこに入学するのは、十年後。


 十年後、私はあの学園でヒロインの策略により冤罪を着せられ、王子に公開断罪され、追放される。


 ——レビュー通りなら。


 椅子の上で膝を抱え、しばらく考えた。


 パニックになるべきだろうか。泣くべきだろうか。運命を嘆くべきだろうか。


 ……いや。


 だって、攻略法は全部知っている。


 プレイヤーの総意は明確だった。——「追放エンドが最適解」。


 攻略wikiは断言していた。——「追放後が本番」。


 レビュアーたちは口を揃えた。——「悪役令嬢が幸せになれる唯一のルート」。


 つまり、追放されることこそが——正解。


 この世界の誰もが「追放は罰」だと思っている。でも前世のプレイヤーたちは知っている。追放こそが、あのクソゲーの唯一の「当たり」だと。


 なら、やることは単純だ。


 断罪イベントまでの十年間で、準備を整える。味方を作り、知識を蓄え、追放後の人生の土台を築く。


 断罪イベントが来たら——粛々と、追放を受け入れる。


 そして追放された先で、☆4.5の人生を始める。


 あの辛辣なレビュアーたちの審美眼は信頼できる。☆1.2の本編よりも、追放後の「バグルート」のほうがはるかに出来がいいと、全員が口を揃えていたのだから。


 五歳のセレスティアは椅子から降り、小さな両手で頬を叩いた。


「さて」


 乙女ゲームの悪役令嬢として、この上なく前向きな決意を胸に。


「☆1.2のクソゲー、攻略しますか」


 入学まで、あと十年。

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