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第一話 そんなことも出来ないんですかー?

(まこと)先輩! 今日も勝負するんですかー?」


背中から、やたら元気な声が飛んできた。

振り向くまでもない。声の主は一人しかいない。


「……うるさい。廊下は跳ねるな」


「えへへ。だって放課後って、いちばん楽しいじゃないですか!」


跳ねながら距離を詰めてくるのは、長門澪(ながとみお)——一つ下の後輩だ。

卓球部でもないくせに、なぜか俺にだけ勝負を仕掛けてくる。しかも毎回、負ける。


(いや、“なぜか”じゃない。こいつ、普通に強い)


「今日も卓球場に来い。絶対にボコしてやる」


「またまた〜。先輩が私に勝とうとするなんて百年早いですよ〜」


始まる前からこれだ。雑な煽りなのに、腹が立つくらい効く。


(……俺が勝てる日は来るのか?)


放課後。

卓球場は妙に静かだった。


「今日、誰も来ないって……マジかよ」


顧問からの連絡はそれだけ。テスト前で部活は自主練扱い、来るなら各自。

つまり今日は、俺ひとり。


(だったら台出す意味ないな。片付けて帰るか)


ネットを外す。ここまではいい。問題は——ここからだ。


「……っ、重……!」


卓球台の脚に手をかけた瞬間、腕が情けなく震えた。

体勢を変える。腰を入れる。もう一回。


「……動けよ……!」


一ミリも動かない。

いや、動いてる。俺の腕だけが。


(おかしいだろ。俺、卓球部だぞ……!)


顔が熱くなったところで、入口の扉がきぃ、と開いた。


「せんぱーい?」


聞き覚えしかない、明るすぎる声。


「……何しに来た、(みお)


「えー? だって先輩が『卓球場に来い。絶対ボコす』って言うから、来てあげたんですよ〜」


澪は俺の手元と、微動だにしない卓球台を見て首を傾げた。

次の瞬間、口角がにゅっと上がる。


「……あれ? 先輩」


嫌な予感がした。すごく。


「そんなことも出来ないんですかー?」


「うるさい! これは台が悪い!」


「台のせいにする先輩、かわいいですね〜。じゃあ私が動かしたら、先輩の負けってことで」


「は!? 何の勝負だよ!」


「“片付け勝負”です。負けたら……先輩、今日一日、私の言うこと聞いてくださいね?」


(こいつ……卓球する前に、もう勝ちに来てる!)


「だ、誰がそんな勝負に乗るか!」


そう言い返しながらも、俺の手はフレームを握ったままだ。


(握力だけは……いや、嘘だ。だから動かない)


くっ、と腰を入れて持ち上げる。


「っ……!」


ほんの少し浮いた。

その瞬間、バランスが崩れた。


「うわっ——!」


卓球台が予想以上の勢いで傾く。

脚が浮き、天板が俺の方へ倒れ込んできた。


(やばい!)


反射的に支える。でも腕が耐えられない。視界がぐら、と揺れて——


「先輩、危ない!」


澪の声と同時に、肩に衝撃が走った。

次の瞬間、卓球台の重さがふっと軽くなる。澪が反対側を掴み、体重を乗せて止めたのだ。


「……っ、止まった……?」


顔を上げると、澪がすぐそこにいた。

支えた腕が近い。息が、かかる距離。


「先輩。顔、赤いですよ?」


「……ちょっと焦っただけだ」


「ふふ。先輩って、ピンチの時ほど余裕なくなるんですね」


(余裕があったら、こんなことになってねぇよ)


澪は卓球台を固定したまま、淡々と言う。


「先輩。今の、完全に“負ける人の行動”でした」


「は?」


「重さを読めてない。支点も取れてない。なのに力任せ。……倒れるに決まってます」


まるで盤面の解説だ。


「お前、卓球部じゃないだろ……」


「ボードゲーム部ですから」


澪は誇らしげに胸を張った。


「盤面を見るの、得意なんです。先輩の行動、だいたい予測できます」


「それで俺に勝負を挑んでくるのかよ……性格悪いな」


「性格がいい人は、先輩のこと煽りませんよ〜」


にこにこ笑いながら、澪は俺の手元を指差す。


「はい、先輩。そこ持って。膝曲げて。重心下げて……そう」


言われた通りにすると、さっきより嘘みたいに動いた。悔しい。


(こいつ、なんで普通に的確なんだよ)


卓球台がきれいに収まり、ロックがカチリと鳴る。


「……助かった。ありがと」


俺が小さく言うと、澪は一瞬だけ目を丸くした。

でもすぐに、いつもの調子に戻る。


「今の、お礼ですか? じゃあ“片付け勝負”は成立ですね」


「してねぇよ!」


「成立です。先輩は倒しかけた。私は止めた。つまり先輩は——」


わざと溜めて、澪は勝ち誇った。


「私がいないと、卓球台ひとつ片付けられない」


「言い方ァ!」


「じゃあ言い換えます。先輩は“助けてもらった側”です」


一歩、距離を詰められる。さっきより離れてるのに、圧だけは増した。


「先輩。今日、勝負しましょう」


「だからするって言ってるだろ。卓球で——」


「卓球“も”です」


「……も?」


澪が指を一本立てる。


「第一ゲーム:片付け。さっき私が止めたので、私の一点」


「勝手に点を付けるな!」


「第二ゲーム:卓球。先輩の土俵。ここで先輩が勝てば、プラマイゼロです」


「……なる、ほど?」


こいつは勝負をするんじゃない。ルールを作って、先に有利を取る。


(ボードゲーム部らしいやり方……ムカつくほど合理的)


澪はさらに指をもう一本立てた。


「第三ゲーム:先輩が選ぶ好きな勝負。

その代わり——先輩が勝った時の“ご褒美”は私が決めます」


「待て待て待て、なんでそうなる」


「先輩が負けた場合の“罰”は、先輩が決めていいですよ」


「……っ」


逃げ道がある。なのに胸がざわつくのは、澪の顔が妙に楽しそうだからだ。


「先輩。勝ちたいんですよね?」


「当たり前だ」


俺はラケットを取った。握った瞬間、感覚が戻ってくる。


(台は重くても、ラケットは軽い。ここなら——俺の場所だ)


澪はボードゲーム部のくせに、当たり前みたいにラケットを手にした。

そして、にこっと笑う。


「先輩」


その笑顔が一番腹立つ。


「“勝ちかけたところから負ける”の、今日も見せてくださいね?」


「……今度こそ黙らせてやる」


「じゃ、先輩。サーブどうぞ?」


そう言って、澪はピン球を軽く投げてきた。


「……サッ。一本集中」


———これが、さらに状況を悪化させるなんて知らなかった。

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