カフェキュウビの日常4話21
「……私、変なこと聞いた?」
海が首をかしげる。
「変じゃないけど……いきなりだったから」
光太はそう答えながら、視線を手元のパンに落とした。
「いるの? いないの?」
間髪入れずに重ねられる問い。
逃げ場のない聞き方に、光太は少し考えてから口を開いた。
「……いないよ。たぶん」
その「たぶん」が、自分でも曖昧だと分かっていた。
海は何も言わず、じっと光太の目を見つめてくる。
その視線に、胸の奥が落ち着かなくなる。
「そう……」
短い一言だけ残して、海は視線を外した。
光太は、自分の中に浮かんだ言葉を探したが、うまく形にならなかった。
代わりに、問いを投げ返す。
「海は……どうなんだよ」
「私?」
一拍置いて、海は小さく笑った。
「……秘密」
「なんだよ、それ」
思わずそう返したものの、軽口のつもりにはならなかった。
光太は、海に好きな人がいるのではないかと思った。
けれど、それ以上踏み込むことはできなかった。
――聞けば、きっと自分も答えなくてはいけなくなる。
二人の間に、微妙な沈黙が落ちる。
風に揺れるフェンスの音と、遠くの校舎から聞こえる声だけが、時間を進めていた。
海は何を考えているのだろう。
この沈黙を、海も気まずいと思っているのか。
その表情からは、何も読み取れなかった。
早くチャイムが鳴ってくれ。
光太は、そんなことを本気で願っていた。
海が意図して聞いてきたのか。
それとも、ただの気まぐれだったのか。
答えは分からない。
ただひとつ分かったのは、
「女というもの」が、よく分からないということだけだった。
やっと、救いのようにチャイムが鳴った。
「……そろそろ、戻るか」
光太はそう言って立ち上がり、胸の奥に溜まっていた息を静かに吐いた。
張りつめていた空気がほどけ、肩の力が抜けるのが自分でも分かる。
午後の授業が始まっても、光太の意識はどこか上の空だった。
——好きな人、いるの?
答えられなかった自分。
はぐらかした海の言葉。
考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていった。
そこへ、窓から差し込む春の陽射しが机の上を温かく照らす。
昼に食べたパンで満たされた胃袋も相まって、まぶたがゆっくりと重くなっていった。
集中しようとしても、思考はまとまらない。
どうでもいい、という投げやりな感情がふっと胸に広がる。
そう思ったところで、意識はふっと途切れた。
次に目を開けた時には、教室はざわつき始めていた。
気づけば、もう終業のチャイムが鳴っていたのだ。
光太は軽く首を回し、机から立ち上がる。
結局、答えは出ないままだったが、不思議と焦りはなかった。
学校を出ると、夕方の空気が肌に心地よい。
光太はいつもの道を歩きながら、自然と足をカフェキュウビへ向けていた。




