カフェキュウビの日常4話15
光太は、海が「どう生きるか」をまだ決めきれずにいる姿を見て、
自分はどうなんだろうと考えていた。
自分はまだ高校生で、将来のことなど何も決まっていない。
けれど、世の中にはもう夢や進路を決めて動いている人たちがいる。
海の話を聞かなければ、こんなふうに考えることもなかったかもしれない。
少しだけ、彼女の気持ちが分かった気がした。
カラン、とドアにつけられたカウベルが鳴った。
新たな来客を知らせるその音に、三人の視線が向く。
「よう」
入ってきたのは二郎だった。
大きな袋を肩にかけ、中にはスナック菓子やチョコレートがぎっしり詰まっている。
それをカウンターにドサリと置き、椅子に腰を下ろした。
「姉さん、エスプレッソ頼む」
タバコをくわえ、マッチを擦る。
紫煙がゆらゆらと立ちのぼった。
「なんじゃこれは? パチンコか?」
椿が袋をのぞきこむ。
「あぁ、暇つぶしにやったらちょいと出たんでな。差し入れだ」
「どうも」
光太と海は軽く頭を下げた。
「この前のやつらか」
二郎は気さくに笑い、袋からポテトチップスを取り出すと、
「やるよ」と言って二人に渡した。
光太と海は礼を言ってそれを受け取る。
「何話してたんだ?」
エスプレッソを受け取りながら二郎が尋ねる。
「先ほど光太の友人が来てな、相談を受けていたところじゃ」
椿が煙管を手に答えた。
「面白い話か?」
「面白いというより、妙な話じゃ」
椿は“ウィジャボード”の噂について説明する。
「ふーん、ウィジャボードねぇ……そんなもん取り上げて壊しゃいいじゃねぇか」
「相変わらずじゃのう」
椿はため息をつき、
「なんでも力で解決するのは感心せんぞ」と言った。
「そういうもんかねぇ」
二郎は肩をすくめて、苦味の強いエスプレッソを一口。
その時、海が小さく手を上げた。
「あ、あの、この前……助けてくれてありがとうございました」
二郎は目を瞬かせる。
「ん? そんなことしたか?」
海が新宿での出来事を話したが、二郎は忘れているようだった。
「悪い、よく覚えてねぇ」
「い、いえ。改めてお礼を言いたかっただけですから」
「そういや、バンドやってんだっけ?」
「はい」
「俺も昔ギター触ったことあるけどよ、ネックへし折っちまってな。
あれ、意外と脆いんだな、がはは!」
「お主が馬鹿力なだけじゃ。普通は折れぬわ」
椿が呆れたように言う。
海は思わず、二郎の大きな手を見つめた。
確かにごつごつとした手だが、腕は特別太いわけでもない。
「なんだ、気になるのか? ほれ」
二郎が手のひらを差し出す。
海はおそるおそる自分の手を重ねた。
「わっ……大きい」
「そうかそうか」
二郎は笑い、海も照れたように笑う。
翌朝、光太はいつも通り制服を着て学校へ向かった。
授業中は真面目にノートを取りながら聞いていたが、やはり長く休んでいた影響で、ところどころ理解できない部分があった。
分からないところを中島に聞いてみたものの、中島も勉強は得意ではないらしい。
「そういえば、妹に聞いたの?」
光太がふと思い出して尋ねる。
「あぁ、それなら今日どこかに誘い出してみるってさ」
「そこに僕らが行くって感じ?」
「そそ。偶然を装ってな」
「なるほど……。とりあえず話を聞かないとだな」
その時、中島がポケットからスマホを取り出した。
「おっ、連絡きた。学校終わったら公園に行くらしい」
「おいおい、小学校と高校じゃ終わる時間違うだろ」
「そういや妹の方がいつも帰り早いな。多分一時間くらい違う」
光太は時計をちらりと見る。
「今連絡きたってことは、もう授業終わってるんじゃないか?」
「……だな」
中島はスマホをしまい、席から立ち上がった。
「光太、行くぞ」
「えっ? まだ授業あるだろ」
「そんなこと言ってる場合か。妹がどこで誰と会うか分かんねぇんだぞ」
「あ、おい、仕方ないな……!」
光太は慌てて荷物をつかみ、中島の後を追いかけた。
放課後のざわめく廊下を抜け、二人は小走りで校門を出ていった。




