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カフェキュウビの日常  作者: ころまる


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カフェキュウビの日常4話14

ガチャリと昇降口のドアが開く音がした。

入ってきた女子生徒と目が合う。

「あっ、海」

その女子生徒は海だった。

海とはクラスが違うため、学校で顔を合わせることは滅多にない。

海はこっちに気づき歩いてきた。

「……光太、来たんだね。何してたの?」

「昼飯。こいつの話聞いてたら、椿さんに会いに行くことになって」

光太が中島を親指で指すと、海は少し考え込んでから、

「私も行く。学校終わったら校門で待ってて」

と短く言った。

予鈴が鳴り、海は軽く手を振って自分のクラスへ戻っていった。

「あれ、三組の佐藤だろ? 知り合い?」

「うん、幼なじみ」

「へぇ、全然知らなかった。……って、俺らも戻らないとな」

光太たちも教室へと戻っていった。

――――

午後の授業が終わり、約束通り中島と校門で待っていると、

逆光の中、髪を揺らしバックを脇に抱えて海がやってきた。

「待たせた?」

「いや、今来たとこ」

三人は並んで歩き出す。

カフェ・キュウビへ向かう途中、光太がこれまでの経緯を説明した。

「……ってわけで、中島の妹の学校で“ウィジャボード”が流行ってるらしい」

「確かに、それは椿さんしか頼れないね」

海は真剣な表情でうなずく。

「先生や親は頼れないし、警察なんてもってのほかだろうな」

光太が言うと、中島もため息をついた。

「妹さんの学校って、桜川小だろ? それ、私と光太の母校だよ」

「そうなんだ?」

「うん。中島は?」

「いや、俺は中学の時に引っ越してきたから違うな」

そんな会話をしていると、ふわりと香ばしい甘い匂いが漂ってきた。

「いい匂い」

海が足を止めて言う。店の中ではいかにも職人って感じのおじさんが一心不乱にたい焼きを焼いていた。リズミカルに次から次へとたい焼きが焼き上がってる様は、見ていて飽きない。

「たい焼きだな」

光太が答えると、中島が何かを思いついた。

「光太、手ぶらじゃマズいよな。ちょっと買ってくる!」

そう言って中島はたい焼き屋へ駆け込んでいった。

しばらくして戻ってきた中島は、湯気の立つ紙袋を掲げた。

「焼きたてだぞ!」

さっそく食べようとするが、光太と海が同時に止める。

「ダメだって、出来立ては口の中やけどするから」

地元の二人はよく知っている。小さい頃何度も経験した。

折角の美味しいたい焼きも口の中がやけどしていては旨さも半減だ。

そんな他愛のないやり取りをしながら歩くうちに、

カフェ・キュウビの看板が見えてきた。

カラン――。

ドアベルが鳴り、

いつものように椿が微笑みながら三人を迎えた。

「いらっしゃい」

落ち着いた声がカフェに響いた。椿はゆっくりと顔を上げ、来客を迎える。

中島は一瞬その声に引き寄せられ、目を奪われてしまった。

言葉も忘れて見惚れている中島の肘を、光太が小突く。

「おい、中島」

「あっ、あぁ……これ、差し入れです」

たい焼きの入った紙袋を差し出すと、椿は穏やかに微笑んだ。

「これはこれは。……まぁ、座れ。今日はほうじ茶かの?」

三人は並んでカウンターに腰を下ろした。

光太は中島の妹の話──“ウィジャボード”の奇妙な噂を、

ゆっくりと椿に語って聞かせた。

椿はその間、皿にたい焼きを並べ、湯気の立つほうじ茶を注ぐ。

店内にはビル・エヴァンスのピアノが流れ、

ファミレスの喧騒とは対照的な落ち着いた空気が広がっていた。

薄暗い店内を、暖色のランプが柔らかく照らしている。

奥の席では、常連の老人が表紙の剥がれた文庫本を静かに読んでいた。

「なるほどの……」

椿は煙管をくわえ、ぷかりと煙を吐いた。

「しかし、その“ウィジャボード”を見ぬことには、なんとも言えぬの」

「そうなると、その男の子に会うしかないな」

海が腕を組みながら言う。

「まずはウィジャボードを手に入れないと話は進まないね」

光太も頷く。

「うむ。今はあまり大事にせぬほうがよい。

まずはウィジャボードか、あるいはその子を連れてくるのじゃ。

何か当てはあるのか?」

「今から妹に聞いてみます」

中島はそう言って席を立ち、店を出ていった。

そして、奥の常連が静かに立ち上がり、

小銭をテーブルに置いて椿に軽く会釈した。

椿は煙管を外し、わずかにうなずくだけだった。

店内には再び、ピアノの旋律だけが流れる。

「ピアノ、いいなぁ……」

海が呟く。

「ピアノの入った曲、私たちのバンドでもやってみたいな」

光太が思い出したように口を開いた。

「そういえばさ、ジュンって男だったんだね。びっくりしたよ」

海は笑いながら頷いた。

「あぁ、言ってなかったっけ? 私も最初びっくりしたよ。

でも、あの性格だし、もう気にならなくなった」

椿は奥のテーブルを片付けながら、

少し離れた場所で二人の会話を聞いていた。

「ジュンってね、才能はあるのに、

あんまりバンドに熱が入ってないというか……

本気じゃなくて、ちょっと“暇つぶし”みたいにしか考えてないの」

「アキはプロを目指してるから、それがもどかしいみたい」

「海は? プロ目指してるの?」

光太の問いに、海は少し間を置いて答えた。

「うーん……どうなんだろ。なれるならなってみたいけどね。

でも、無理だろうなって思う自分もいる。

たぶん、“全てをバンドに賭ける覚悟”が、まだ持てないんだ」

彼女は湯気の立つほうじ茶を見つめながら、

どこか遠くを見ているような目をしていた。

「プロになる人って、漫画家でも俳優でもそうだと思う。

結果が出ようが出まいが、一日中、

演技のことや絵のことを考えていられる人。

努力を努力と思わない。好きで好きで仕方ない――

そういう人だけが“本物”になれるんだと思う」

その言葉に、光太は黙って頷いた。

ジャズの旋律がゆっくりと流れ、

外の夕暮れがガラス窓を淡く染めていた。


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