カフェキュウビの日常4話13
翌朝。
光太は久しぶりに制服の袖を通した。
生地の少し固い感触が懐かしい。鏡の中の自分を見て、
「……意外と悪くないな」
と呟いた。胸の奥がほんの少しだけ弾む。
別に学校が嫌いなわけではない。
むしろ「行かない理由」を探す方が難しいくらいだった。
久々の登校に緊張はあったが、
教室に入り、クラスメイトに「おお、光太じゃん!」と声をかけられると、
少しずつ肩の力が抜けていった。
「何してたんだよ?」
「バイトしてた」
そう答えると、「マジか!」と笑われた。
いくつかの視線を感じたが、それも午前中の授業が終わる頃には
いつもの空気に戻っていた。
――拍子抜けするほど、普通の日常。
光太はどこかほっとしつつも、少し物足りなさを感じていた。
昼休み。
「光太、飯行こうぜ」
明るい声で誘ってきたのは中島。
席が近く、前からよく話しかけてくるクラスメイトだ。
二人は購買でパンを買い、屋上へ向かった。
春風が気持ちよく吹き抜ける中、
中島がパンをかじりながら言った。
「へぇ、妖怪なんているんだな」
光太は驚いて顔を上げた。
つい、正直に“カフェ・キュウビ”や椿の話をしてしまっていたのだ。
てっきり笑われると思っていたが、中島はあっさり信じた。
「信じるのか?」
「まぁな。実はさ、最近ちょっと妙なことがあって」
「妙なこと?」
「うん。妹が小学生なんだけどさ、その学校で“ウィジャボード”ってのが流行ってるんだ」
「ウィジャボード?」
「日本で言う“こっくりさん”みたいなもん。
紙とか板に“YES・NO”とか数字、アルファベットを書いて、
何人かで指を置いて質問すると、指が勝手に動いて答えを教えてくれるってやつ」
光太は思わず笑った。
「子供の遊びだろ、そういうの」
「だよな。普通はすぐ飽きるんだよ。
……でも、今回は違うらしい。
ある男の子がやると、ほぼ100%答えが返ってくるって話なんだ」
「まさか……」
「妖怪っているんだろ?
だったら、そういう“何か”があってもおかしくないじゃん」
中島の言葉に、光太は黙り込んだ。その事があったから光太の話も受け入れられたのかもしれない。
――確かに、椿やキヌ、権助たちの存在を知った今では、
“ただの噂”で片付けることもできない。
ファミレスでの出来事や、猫又、都牟刈のことが脳裏をよぎる。
そして、光太は悟った。
日常に戻ったと思ったのは、ただの束の間だったのだ。
中島は話を続けた。
「それでさ、妹が言うには、学校の雰囲気がちょっとおかしいんだって」
彼はパンを包んでいた紙袋をくしゃりと丸めながら、声を潜めた。
「その男の子、最初のうちは“明日の天気”とか“テストの答え”とか、他愛もないことを聞いてたんだけど……だんだん“他人の秘密”を聞くようになったらしい」
「秘密?」
光太は眉をひそめる。
「そう。誰にも言ってないような、家のこととか、友達の悪口とか。
最初は“偶然だろ”って笑ってたけど、次第に全部当たるようになって、
みんな怖くなって……今じゃその男の子には誰も近づかなくなったって」
「小学生だって、知られたくないことの一つや二つあるからな」
光太は呟いた。
「親とか先生は?」
「一応言ったみたいだけど、誰も信じなかったらしい。
“オカルトごっこだろ”って鼻で笑ってさ。うちの親もそう。
“うちらの頃は口裂け女だった”って言ってたよ」
「……その場で見せれば信じるだろ」
「それがさ、そのボード、その男の子にしか使えないらしい。
先生たちの前では“ただのオモチャです”って言い張ってるんだと」
光太は腕を組んだ。
「……まあ、もし本物だってバレたら取り上げられるかもな。
子供なりに、それが分かってるのかもしれない」
中島はうなずいた。
「先生たちも“学校にオモチャを持ってくるな”って注意することしかできないらしい。
でもさ、今の学校の空気は重いって。
みんな、いつ自分の秘密が暴かれるか分からないってビクビクしてる。
笑い声が減って、クラス全体がどことなく暗いんだ」
光太は屋上の柵越しに空を見上げた。
薄曇りの春の空。
子供の遊びと片付けるには――あまりにも、気味が悪かった。




