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カフェキュウビの日常  作者: ころまる


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カフェキュウビの日常4話8

「さて、そろそろ店にもどるかの。権助に無理言って頼んだから、早めにせんと」

椿が伸びをしながら言った。

「なんだ、もっとゆっくりしていけばいいのに」

心は残念そうにいった。

「光太、次は手土産なんていらないから、ちょくちょく顔を出せ」

「分かりました」

光太は頭を下げる。

「そうじゃな。予知夢のこともあるし、それがよかろう」

椿も軽く手を振り、二人は診療所を後にした。

道すがら、光太は気になっていたことを口にした。

「椿さん、心さんって……何かの妖怪なんですか?」

「あぁ、心はの、天狗じゃ」

椿は足を止め、煙管の火を軽く払った。

「天狗は人間で言うところの“警察”のようなものじゃ。

妖怪にも掟というものがあって、それを取り締まるのが天狗の役目じゃ」

「へぇ……でも心さん、そういう仕事してなさそうでしたけど」

「うむ。天狗にもいろいろあってな。心はその一族から距離を置いておる。

何かしら事情があるのじゃろう」

光太はその言葉を聞いて、あまり本人には聞かない方がいいなと思った。

「誰も皆、何にもないような顔をして過ごしておるが……

色んなものを背負っておるということじゃな」

「椿さんは狐ですよね。狐の一族も、そういうのあるんですか?」

「狐は基本、単独行動が多い。あまり一族として群れることは稀じゃ」

そのとき、道の先からボールが転がってきた。

椿はしゃがんでそれを拾い、通りの向こうにいる小さな男の子へ投げ返した。

「おばちゃん、ありがと!」

光太が息を呑んだ瞬間、隣の女の子が弟の頭を小突いた。

「コラッ、お姉さんでしょ!」

どうやら兄妹らしい。

光太は椿の表情をおそるおそる伺ったが――

「よいよい、子供から見れば大人は皆“おばちゃん”や“おじちゃん”じゃ。

それどころか、年齢で言えば妾など“おばあちゃん”じゃからのう」

椿は穏やかに笑って言った。

兄妹は慌てて「ごめんなさい!」と謝り、頭を下げて走り去った。

通りが再び静かになったころ、光太はふと問いを投げた。

「椿さん、長く生きるって……どんな感じですか?」

椿は歩みを止め、少しだけ空を見上げた。

風が髪を撫で、遠くで祭り太鼓の音が響いていた。

――その答えを、光太はゆっくりと待った。

流れる風が、少し湿り気を帯びていた。春の終わり、夏の手前。

椿と光太は並んで歩きながら、ぽつりぽつりと会話を続けていた。

「何千年というのは、光太からしたら想像できん程、永遠のように思えるかもしれんが」

椿は遠くを見つめながら言った。

「歳を重ねれば重ねるほどに、一年一年が短くなっていくのじゃ。ドッグイヤーを知っておるか?」

「ええ、確か人間の一年は犬の七年分っていう、あれですよね」

「そうじゃ。あれと同じように、一年が五年になり、十年になり……

この前生まれた赤子が、あっという間に大人になり、そして死んでいく」

「……辛いですか?」

光太は少し言いにくそうに尋ねた。

椿は、かすかに微笑んだ。

「辛い? あぁ……今となっては懐かしい。……ただ懐かしいという感情があるだけじゃ」

「懐かしい……ですか」

光太は、椿の言葉を胸の中で何度も繰り返した。

その“懐かしい”という感情の中には、きっと悲しみも喜びも含まれている。

けれど、それを何度も繰り返した先に残るものが“懐かしさ”なのだとしたら――

それは、どんな心境なのだろう。

何千年という時間。

それは想像もつかない長さだが、宇宙の時間で見ればほんの一瞬なのかもしれない。

「自分が死ぬとき、何を思うんだろう……」と光太はふと思った。

だが、その答えはまるで“箱の中身をヒントなしで当てる”ように遠く、掴めない。

そんな考えが浮かぶたび、胸の奥がざわついた。

――もっと何かをしなければいけない。

そんな焦りのような感情が、心のどこかでかすかに膨らんでいく。

「だいぶ暖かくなってきたのう。暑いくらいじゃ。もうすぐ夏じゃな」

椿が笑って言った。

だが光太の耳には、その声が届いていなかった。

顎に手を当てて、何かを考え込むようにしている。

椿はその横顔を見つめ、静かに微笑んだ。


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