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カフェキュウビの日常  作者: ころまる


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カフェキュウビの日常4話5

光太はバーカウンターで飲み物を受け取り、

手に冷たいプラカップを持ったまま、

キヌと一緒に二階へ戻る階段を上がっていた。

その時だった。

階段の途中、すれ違うように――

長い髪の女が下りてきた。

思わず、目を奪われる。いや奪われた。強引に力強く。

黒に近い紫のドレスに、細い金の装飾。

「わっ……綺麗なひとー」

キヌが無意識に呟く。

女の足が止まる。キヌは聞こえてしまったかもしれないと思い。

「あ、ごめんなさい、私おもわず……」

一瞬の静寂。

女はふいにくるりと振り返り、

キヌの方をまっすぐ見つめた。

「サンキュー。あなたたちも――お似合いだよ」

柔らかく微笑むと、

そのまま軽やかに階段を下りていった。

香水の残り香だけが、ふわりと漂う。

「ねぇ、聞いた? お似合いだって。

 そんなんじゃないのにね、ねぇ?」

「えっ? あぁ……うん」

光太は生返事をした。

だが、その目はまだ階段の下を見つめている。

綺麗だ――。

そう思った。

けれど、それはただの“美人”という言葉では足りなかった。

椿も美しい。

けれど、あの人は“月”だ。静かで、神秘的で、冷たい光を放つ。

さっきの女は“太陽”だった。

力強く、見る者を燃やしつくす温度を持っていた。

そして、もうひとつ。

光太は言葉にできない違和感を覚えた。

胸の奥で何かがひっかかる――

自分の部屋の物が少し動かされてるような、あるべきところにあるものがないような。

そのちょっとした違和感が、

彼女の“ミステリアスな美しさ”の正体なのかもしれなかった。

タルタロスの前のバンドが最後の音を鳴らし、

観客の拍手と歓声を浴びながら引き上げていく。

入れ替わるように、次の出演者――タルタロスのメンバーがステージに現れた。

ドラムがスティックを軽く打ち鳴らし、

ギターとベースが音を合わせる。

会場のざわめきが少しずつ静まり、

張りつめた空気がフロアを覆った。

その時、ステージの袖からあの女が現れた。

階段ですれ違った、長い髪の女。

照明が当たると、そのシルエットが浮かび上がる。

「あ、さっきの人!」

キヌが思わず指をさして叫んだ。

聞こえるはずがないのに――

女はちらりとこちらを見て、

手を振って微笑んだ。

「ねぇ、見た? 手を振ってるよ、光太!」

キヌは大はしゃぎだ。

光太は返す言葉もなく、ただ見つめていた。

胸の奥がざわつく。

鼓動が早くなる。

観客が押し寄せてきて、肩がぶつかった。

気づけば一階のフロアは人で埋め尽くされている。

壁際でビールを飲んでいた者たちも前方へと押し寄せ、

ライブハウスの温度がぐんぐんと上がっていく。

そして――照明が落ちた。

一瞬の静寂。

次の瞬間、轟音が弾ける。

ドラムが雷鳴のように鳴り響き、

ギターが切り裂くように歪む。

女――いや、ボーカルがマイクを掴み、叫ぶように歌い出した。

その瞬間、光太の心臓が掴まれたように跳ねた。

まるで雷に打たれたような衝撃だった。

声が、胸の奥に直接響いてくる。

鳥肌が立ち、目頭が熱くなった。

「……すごい」

言葉が漏れた。

彼女の声には、何か“力”があった。

怒り、悲しみ、祈り――

そのすべてが渦巻き、音に変わって放たれていた。

他のメンバーも必死に食らいつくが、

明らかに技術の差がある。

それでも、彼女の存在が全てを引っ張っていた。

ボーカルの力が、周りの演奏を無理やり引き上げていく。

襟首を掴んで引きずるように。

会場は完全にその歌に飲み込まれていた。

観客は叫び、飛び、腕を突き上げる。

熱狂と混沌が渦を巻く。

その時――

ひとりの観客が、興奮のあまりプラカップを投げた。

中身のビールが飛び散り、

それが海のベースに直撃した。

次の瞬間、ステージ上に閃光のような動き。

女のドロップキックが放たれた。

きれいな放物線を描き、投げた男の顔面に見事に命中する。

「うわっ……!」

キヌが悲鳴を上げた。

演奏は一瞬で止まり、メンバーが慌てて止めに入る。

だが、ボーカルの怒りは収まらなかった。

誰かのギターを奪い取り、振り回す。

「オラァーかかってこいやぁ」

ボーカルの女は倒れた男を踏みつけて拳を高々と上げて叫ぶ。

観客席は悲鳴とどよめきに包まれ、

あっという間に大乱闘になった。

「アイツまたやりやがった」

誰かが言った。

一階は混乱し、

二階の観客も巻き込まれるように階下へとなだれ込んでいく。

ガラガラになった二階フロアに、

取り残されたのは光太とキヌだけだった。

静まり返った空間に、

下から響く怒号と金属音だけが遠く聞こえる。

光太は呆然と、ステージを見下ろしていた。

「めちゃくちゃだ」

あの女――一体何者なのか。

めちゃくちゃなのに人を惹きつける存在感。

どうしても気になって仕方がなかった。


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