カフェキュウビの日常1話4
午後、ランチタイムの慌ただしさが過ぎ去ると、カフェキュウビには一時的な静寂が訪れた。
外からは、近くの学校のチャイムの音がかすかに聞こえる。
「光太よ、コーヒーを淹れてみるか?」
椿が声をかけた。
「え? いいんですか?」
「もちろんじゃ。せっかくカフェで働いとるんじゃし、覚えておいて損はない」
カウンターの奥に立ち、椿がコーヒー道具の棚からペーパーフィルターとドリッパー、サーバーを取り出す。
次に、ガラスの瓶のひとつから豆を選んだ。ラベルには「エチオピア・イルガチェフェ」と書かれている。
「この豆は香りがええ。華やかで、少し果実のような風味があるぞ」
光太は、言われるがままにミルで豆を挽いた。ガリガリという音が静かな店内に響く。
「挽き目は細かすぎず、粗すぎず。これがまた大事なんじゃ」
挽き終わった粉をドリッパーに入れ、椿がポットを差し出す。
「湯温は90度前後。熱すぎると雑味が出るし、ぬるすぎると香りが立たぬ」
光太が少し緊張しながら、お湯をそっと注いでいく。粉が膨らみ、ふわりと湯気とともに香ばしい香りが広がった。
「焦らず、の。最初は“蒸らし”じゃ。少しだけ注いで、30秒ほど待つ。そうすると中のガスが抜けて、味がまろやかになる」
言われた通り、少し待ってから再び注ぎ始める。ゆっくりと「の」の字を描くように。
「抽出のスピードで味が変わるのは知っておるか?」
「いや、初めて聞きました」
「早すぎれば酸味が出すぎ、遅すぎると渋みや苦味が増す」
サーバーにたまったコーヒーをカップに注ぎ、椿が差し出す。
「さあ、飲んでみい」
光太はカップを手に取り、そっと口をつけた。
──香ばしく、どこか柑橘を思わせる酸味。そしてあとからくるやさしい甘さ。苦味は控えめで、すっと喉を通っていった。
「……おいしい」
思わずつぶやくと、椿がにっこりと笑った。
「自分で淹れたコーヒーは、また格別じゃろう?」
「はい、ちょっと感動しました」
光太の胸に、ふわりと小さな自信が灯った。