カフェキュウビの日常3話13
「すごいな、まるで豆腐でも切ってるみたいだ」
ミケはけらけらと笑った。
その笑いは無邪気な少女のものに似ていたが、どこか壊れていた。
地面に転がる鐘の残骸が、まるで紙細工のように裂けている。
権助の喉がひゅっと鳴った。
「くっ!」
次の瞬間、彼は弾かれたように走り出していた。
銃弾のような勢い――いや、命を繋ぐための本能の走りだった。
戦えば死ぬ。それだけはハッキリしていた。
「なんだありゃ……あの鐘の厚さは十センチはあるぞ。それを、やすやすと……!」
脳裏で、理屈が追いつかない。
月明かりが照らす舗道を、権助は転げるように駆け抜けた。
夜風が頬を裂く。息が焼ける。
どれほど走ったかわからない。
昔の景色が次々と脳裏に浮かぶ――田畑、夕暮れ、妹の笑顔。
「走馬灯かよ……縁起でもねぇ!」
悪態をつきながらも、足は止まらない。
後ろを振り向くことすら恐ろしい。
ただひたすらに――椿のもとへ。
「おい。」
耳元で声がした。
「っ……!」
背筋が凍りつき、権助は反射的に飛び退いた。
ザザッと砂利が散る。
――何もいない。
(いや、そんなはずは……!)
「逃げるな。もっと遊ぼうよ。」
闇の中に、白い顔が浮かんだ。
月光を浴びたミケが、赤い目を細めて笑っていた。
その手に握られた太刀の刃が、冷たく光を返す。
「くそっ……これでもくらえ!」
権助はそこらのポリバケツを掴み、渾身の力で投げつけた。
金属の唸りが夜気を裂く。
だがミケは動かない。
見てもいない。
シュッ。
次の瞬間、ポリバケツは空中で細切れになり、雨のように散った。
「なっ……なにを……した?」
ミケは答えず、ゆっくりと歩み寄る。
地面を踏むたびに、靴底が不気味に鳴る。
もう逃げられない――そう悟った瞬間、権助は奥歯を噛み締めた。
「……ちくしょう!」
ミケの手が上がる。
月の光を受けて、刃が白く閃いた。
振り下ろされる瞬間――
ギィィィンッ!!!
火花が散った。
金属がぶつかる音が、夜を震わせた。
「権助! 待たせたの!」
槍の穂先が太刀を受け止めていた。
槍を構える椿の顔が、月光の下で静かに光っている。
刀はあと数センチで権助の頭を割っていたはずだった。
ミケの笑みが、すっと消えた。
夜の空気が凍りつく。
月の下、二つの刃が火花を散らし、静かな殺気だけが漂った。




