カフェキュウビの日常3話11
甘酒横丁を巡回するのは、権助のチームだった。
通りをすれ違うのは、酒に酔って千鳥足の男や、残業帰りの疲れたサラリーマンばかり。個人商店は軒並みシャッターを下ろし、灯りが残るのはコンビニや24時間営業のチェーン店だけだった。
「……権助、本当にいるのかねぇ、猫又なんて」
仲間の一人が気怠そうに口を開く。
「さあな。だが姉さんが“やる”って言ってんだ。俺たちは従うしかねぇだろ」
権助は周囲に警戒を向けたまま、視線を逸らさずに答えた。
「まあな。姉さんには、ここいらの妖怪の多かれ少なかれ世話になってる。協力くらい惜しむもんか」
仲間の言葉からは、椿への信頼が感じ取れる。
ふと、もう一人が思い出したように口を開く。
「そういや権助、おめぇ妹がいるって言ってたな」
「なんだよ急に」
「いや、世間話だよ世間話。黙ってると眠くなっちまう。で、どうなんだ?」
権助は舌打ちしながら答える。
「……妹は国にいる。連絡なんざ取ってねぇ」
「そうかい。だが連絡ぐらいしてやれよ。心配してるかもしれんぞ」
「心配なんざしてねぇだろ。むしろ俺みてぇなのがいなくて、せいせいしてるかもな」
「おめぇ分かってねぇな。家族ってのは、口では何のかんの言っても心の内は違うんだよ。俺だって家を出るとき、姉貴に“もう戻ってくんな”って言われたが、手紙を出さなきゃ“なんで一通もよこさないんだ”って文句言われたもんさ。そういうもんだ」
権助が返事をしかけたとき、護符が淡く光った。椿からの連絡だ。
『権助、聞こえるか?』
「あぁ、こっちは特に異常はねぇ」
『そうか。何かあればすぐ知らせるのじゃ』
通信が途切れると、権助は仲間たちに目をやった。
「よし、世間話はここまでだ。気を抜くな。――もうひと踏ん張りだ」
三人は再び、静まり返った甘酒横丁を警戒しながら歩き出した。
「婆さま……婆さま……名前、つけてくれた……どこにいるの?」
抑揚のない、寂しげな声が夜の路地に溶けていく。
猫又は足音ひとつ立てず、子猫が母を呼ぶように彷徨っていた。
「――ミケや」
懐かしい声。
その名を聞いた瞬間、死んだような瞳に赤い灯が宿る。
「婆さま! どこ? どこにいるの……! 私、寂しかった……みんな婆さまはもう戻らないって言うけど……そんなの信じられなくて……だから……だから――」
声は涙に溶け、言葉にならなかった。
視界が滲む。
暗闇の中から、婆さまが現れる。
けれどそれは怪しげな光を放つ太刀。
しかし、ミケには――婆さまにしか見えなかった。
優しい笑顔が幻のように浮かぶ。
「ミケや」
「婆さま!」
ミケが抱きつくと、太刀は音もなくその身に溶け込んでいった。
「ああああああああぁぁぁ――!」
激痛。口から涎を垂らし、身をよじる。
しかし、やがて呼吸が整い……静けさが訪れる。
「……ずっと、一緒だね」
その瞳は血のように赤く染まり、鈍い光を放っていた。
涎を拭った唇が、ニヤリと歪む。
体を満たすのは幸福感。
雲の上を漂うような心地よさに、笑いが止まらない。
「あはははは……これが本当の幸せ。これ以上のものなんて、ありはしない!」
ミケは三味線を投げ捨てた。
代わりに、その手には濡れたように輝く太刀が握られていた。
映る自分の顔――赤く光る瞳、嗤う口元。
それは美しく、力強く、抗いがたいほど魅惑的だった。
「なんだこれは……! どんな困難も怖くない……もう、なにも恐れるものはない! あははは!」
夜の闇にその笑い声は、高らかに響いた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
よろしければ感想を書いていただけると嬉しいです。
登場人物の名前を読む人によって変えられたら面白いなって思います。
もうあるのかもしれませんが。




