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カフェキュウビの日常  作者: ころまる


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28/57

カフェキュウビの日常3話10

光太は夢を見ていた。

和室の畳の上、老婆が膝に猫を抱き、深いシワが刻まれた手で背中をゆっくりと撫でている。

「ミケや」

老婆が声をかけると、小さく返事をした。気持ちよさそうに目を細めている。

部屋にはただ穏やかで優しい時間が流れていた。

次の瞬間、場面は変わった。

大人たちが小声でひそひそと話している。

「婆さん、ダメかもしんねぇな」

「あら、じゃあミケはどうなるんだい?」

「どうもこうも、身内もみつからねえらしいし」

「そうかい、可哀想にねぇ……」

主のいない家で、猫だけが帰りを待っていた。




光太はそこで目を覚ました。

なんだか悲しい気持ちが胸を占めていた。心にぽっかりと穴が空いたようで、満たされないもどかしさが残る。

気分を変えたくて窓を開け、夜の外気を吸い込む。

「なんだ今のは……」

見たこともない部屋、会ったことのない老婆と猫。だが、夢とは思えないほどの現実感があった。まるで誰か他人の記憶に入り込んでしまったかのような感覚――。

自分が自分ではないような、フワフワとした違和感。経験したことのない種類の夢だった。

翌日

カフェ・キュウビに出勤すると、椿から呼ばれ、カウンターに腰をおろした。隣にはキヌがすでに座っている。テーブルの上には墨で何かが書かれた紙が二枚、きちんと置かれていた。字は達筆すぎて光太には読み取れない。

「護符じゃ。二人とも肌身離さず持っておくのじゃ。今夜やる」

椿の声はいつもの軽やかさとは違い、静かな緊張を帯びていた。光太とキヌはその雰囲気に飲まれる。

「やるって、何をですか?」光太は訊ねた。胸の奥に覚えがあることを確かめたかったのだ。

「例の猫又を捕らえる」椿の返事は短く、重かった。

「捕らえて、どうするんですか?」光太が続けると、椿の瞳に冗談は微塵も宿っていなかった。キヌは不安げに光太の服の裾をぎゅっと掴む。

椿は二枚の紙を指し示した。「その護符は、相手の顔を念じれば通信ができる。何かあったらこれで知らせよ。今夜十時から作戦開始。二人とも外を出歩くでないぞ」

三人の間に静かな決意が降りた。夜が深まるにつれ、何か大きなことが動き出そうとしていた。



光太は椿の言いつけどおり、自室でじっとしていた──はずだった。だが、胸の奥はざわつき、言いようのない不安が拭えない。あの夢の断片が、頭の隅でざわめいている。今回の猫又の件と無関係なはずがない、という思いがしつこくまとわりついた。

窓の隙間から、暖かく生ぬるい風が忍び込んできた。湿った空気は肌にまとわりつき、まるで見えない手で締め付けられるように不快だった。光太は気を紛らわせようと漫画を開いたが、ページの文字は泳ぎ、コマ割りが意味を失う。集中は遠く、耳の奥に何かが囁くように感じられた。

「光太、光太…」

誰かに呼ばれているような声。幻聴かもしれない。だが声は確かに届き、次第に輪郭を帯びてくる。眠ろうとして毛布を頭から被ってみるが、厚い布の中でも声は止まらない。目を閉じると、逆に敏感になる。その声が近づき、囁きは大きく、鮮やかに聞こえた。まぶたの裏に映るものが現実の輪郭を侵し、現実と想像の境が溶けてゆく感覚。自分が自分でなくなっていくような、頼りない恐怖が胸いっぱいに広がった。

じっとしていることが耐えられなくなり、光太は立ち上がった。知らぬ間にドアを開け、寒気の混じった夜の帳へと足を踏み出していた。外へ出れば何かが変わるのではないか、あるいは確かめられるのではないか——その思いに駆られて、光太は家を出た。



けれど、行くあてはなかった。自分は一体何をしようとしているのか――その思いばかりが頭を占めていた。

歩き慣れたはずの道が、今夜はまるで見知らぬ土地のように映る。街灯は妙に冷たく、舗道の影は濃く深い。足は前へ進んでいるはずなのに、どこか遠ざかっていくような感覚だけが残った。

どれくらい歩いたのか分からない。五分にも思えるし、一時間にも思える。同じ角を何度も曲がり、同じ道を何度も歩いているような気がした。

心の奥底で「戻れ」と叫ぶ声がする。だが、体は言うことをきかない。糸の切れた凧のように、もう自分では進む方向を制御できなかった。

なぜ、見ず知らずのものにこれほどまで心を惹かれるのか――。答えの出ない問いが胸の奥でぐるぐると渦を巻く。

夜の静寂の中、響いているのは光太の足音だけだった。

一方そのころ、椿たちは三手に分かれて町を見回っていた。

カフェキュウビを拠点に、椿のチーム、権助のチーム、平次のチーム――それぞれ二〜三名の妖怪が人間に化け、買い物横丁から水天宮周辺まで網を張るように配置されている。各チームの手には、椿が用意した護符。相手の顔を念じれば、声を伝えることができる特別な通信手段だ。

夜の町は雨に濡れ、街灯の光がアスファルトに反射していた。静けさの中で、時折、遠くの車の音や、川辺の風が吹き抜ける音が響く。

「しかし、猫又一匹に随分と大袈裟じゃないですか、姉さん」

隣を歩くカッパの妖怪が小声でつぶやいた。もちろん、人間の姿に化けている。まるでどこにでもいる会社員のような格好だ。

椿は煙管を軽く叩き、静かに答える。

「油断するな。妖怪の強さというのは、種族や見た目で決まるものではない。思いの強さ、念とでもいうべきか……その執念こそが力を生むのじゃ。死にたくなければ、侮らぬことじゃな」

その声音には、普段の椿の柔らかさはなく、冷たい鋭さが宿っていた。

カッパの妖怪は思わず息を呑む。

夜の空気が張り詰めるなか、三つのチームは、それぞれの持ち場へと散っていった。

一方そのころ、椿たちは三手に分かれて町を見回っていた。

カフェキュウビを拠点に、椿のチーム、権助のチーム、平次のチーム――それぞれ二〜三名の妖怪が人間に化け配置されている。各チームには、椿が用意した護符。相手を念じれば、声を伝えることができる特別な通信手段だ。

夜の町は雨に濡れ、街灯の光がアスファルトに反射していた。静けさの中で、時折、遠くの車の音や、川辺の風が吹き抜ける音が響く。

「しかし、猫又一匹に随分と大袈裟じゃないですか、姉さん」

隣を歩くカッパの妖怪が小声でつぶやいた。もちろん、人間の姿に化けている。

椿は煙管を軽く叩き、静かに答える。

「油断するな。妖怪の強さというのは、種族や見た目で決まるものではない。思いの強さ、念とでもいうべきか……その執念こそが力を生むのじゃ。死にたくなければ、侮らぬことじゃな」

その声音には、普段の椿の柔らかさはなく、冷たい鋭さが宿っていた。

カッパの妖怪は思わず息を呑む。

夜の空気が張り詰めるなか、三つのチームは、それぞれの持ち場へと散っていった。


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