カフェキュウビの日常3話5
「平次よ、ここに来るとは珍しいのう。何かあったか?」
椿がカウンター越しに問いかけた。
平次は腕を組み、少し考え込むようにしてから口を開いた。
「あぁ、実はな。買い物横丁にあるタバコ屋に、昔から一匹の猫が居ついてたんだ。婆さんが可愛がっててな。誰も正確な年は知らないが、少なくとも二十年は生きてるんじゃねえかって話もあったくらいだ」
権助は焼酎をすすりながら「ふむ」とうなずく。
平次は続けた。
「ところがな、そのタバコ屋の婆さんが亡くなったんだ。葬式が済んだあと、『そういやあの猫を最近見ねぇな』ってみんな言い出してな。そこで噂になったんだよ。婆さんの死を受け入れられなくて、人間界に探しに行ったんじゃねえか、ってな」
椿が煙管を口にくわえ、目を細めた。
「……その猫、猫又になっとるかもしれんの」
「猫又か」権助が低く唸る。「そりゃちょっと厄介かもな」
「まあ、そんなわけで俺もこっちに探しに来てるんだ」
平次は肩をすくめ、煙草を指で弄びながらため息をついた。
「話は分かった。何かしらの手は打っておこう。――平次よ、お前はこのあとどうするのじゃ?」
椿が煙管を指先で弄びながら問いかける。
「俺は情報を集めるさ。まだ分からねぇことが多すぎる」
平次は短く答え、瞳を細めた。
「そうか。……権助、おぬしはすぐに動ける者を何人か集めておけ。いざという時に備えてな」
「へい」
権助は気のない返事をすると、踵を返す。
「ったく、めんどくせぇことになってきやがったな」
小さく吐き捨て、店を後にした。
「少し大袈裟じゃねぇですかい、姉さん」
平次が苦笑交じりに言うと、椿は煙管を軽く傾けて答えた。
「念のためじゃ。……なにか、嫌な予感がする。まあ、杞憂であればよいのじゃがな」
ふわりと笑みを浮かべた椿だったが、その笑顔にはどこか影が差していた。場を和ませるための作り笑いだと直感した瞬間、平次の胸に冷たいものが走る。
――自分が思っているより、事態は深刻なのかもしれない。
焦りを隠すように、平次は「それじゃあ、俺も情報を集めてみる」と言い残し、そそくさと店を後にした。
残された椿は、店内の静寂の中で笑みを消し、険しい表情に変わった。
その横顔には、ただならぬ事態を予感する者の重苦しい決意が刻まれていた。




