カフェキュウビの日常3話3
「やっとパソコンが使えるようになった」
光太は自室の机に向かい、ネットを開いていた。
カフェ・キュウビのバイト代が出て、ようやく携帯代とネット代を支払えたのだ。
スピーカーからは、よく店で耳にするジャズが流れている。
ビル・エヴァンスの《ワルツ・フォー・デビー》。
優しいピアノの音色が部屋いっぱいに広がった。
解説を読みながら光太は少し驚いた。
このアルバムが録音された十日後、ベーシストが交通事故で亡くなったという。
その事実を知って聴くと、曲のやわらかさが胸に沁み、ただの“お洒落なBGM”ではなくなってしまう。
──だいぶ昔の出来事だと淡白に受けとめる気持ちと、
最近カフェで親しんだことによる親近感がごちゃ混ぜになり、なんとも言えない感情になった。
天井を眺めていると、不意にスマホが震えた。
画面に表示された名前は「海」。
「もしもし?」
「光太、やっとお金払ったんだね」
「うん、払った払った」
「学校は?来ないの?」
「うーん……どうだろ?」
学校のことを思い出したのは久しぶりだった。
考えてみれば、不登校になってから日数を数えることもなくなっていた。
「そっか。まぁいいんじゃない?」
海の声は、来ても来なくても構わないとでも言うように、軽かった。
「うん」
「それでさ、チケット。買ってくれるんだろ?」
「えー……まぁいいけど」
バイト代が入って懐には少し余裕がある。
この前の恩もあるし、キヌを連れて行けば気晴らしになるかもしれない──光太はそう思った。
「ラッキー。あの子も連れてくるの?」
「まあ……だから二枚ね」
「まいど! 次の日曜だから、チケットは家のポストに入れとくね」
「うん」
「じゃあね」
電話が切れた後、光太はスマホを机に置き、再び天井を見上げた。
《ワルツ・フォー・デビー》はちょうど終盤を迎えていて、やわらかい余韻が部屋を包んでいた。




