カフェキュウビの日常3話2
新宿・歌舞伎町。
路地裏で、佐藤海は二人組の男に絡まれていた。
二人は、どちらも二十代そこそこの若さだった。片方は金髪、色落ちしたジーンズに金のチェーンをぶら下げ、腕には安っぽいタトゥーがのぞく。もう片方は坊主頭、派手な柄シャツを胸元まで開け、煙草を咥えたまま笑っている。どちらの顔にも、不必要に尖らせた眉と、根拠のない自信が刻まれていた。
「へぇー、ベースじゃん」金髪の男が勝手にケースを開け、中のベースを取り出して遊び始める。
「おい、勝手に開けるな!」海は慌ててベースを金髪の男からひったくる。
「おーこわ。ねぇ、それより俺たちと遊びにいこうぜ」
「はぁ? なんで!?」
その時、低く落ち着いた声が響いた。
「おい」
振り向くと、白髪でサングラスをかけた男が立っていた。そしてなぜか「働いたら負け」と書かれた安っぽいTシャツを着ていた。だが二人組は無視して話を続ける。
「おい」
再び声が飛ぶ。鬱陶しそうに金髪の男が振り返り、睨みつけた。
「なんだよ、関係ねえだろ。アッチ行けよ」
犬でも追い払うように手を振った瞬間、白髪の男が動いた。
男の襟をつかみ、そのまま軽々と三メートルほど向こうへ投げ捨てたのだ。
「がっはぁ!」背中から地面に叩きつけられた男は咳き込み、呼吸もままならない。
「てめぇ!」
残った男が怒鳴りながら突進してきた。
次の瞬間、白髪の男の拳が腹にめり込み、そいつは苦悶の声を漏らし膝から崩れ落ちた。
「チッ……カスが」
男は吐き捨てるように言うと、何事もなかったように立ち去ろうとした。
海は呆然とその背中を見つめ、慌てて頭を下げる。
「ありがとうございました!」
人生で一番深く頭を下げた。
白髪の男は一瞥もせず、手をひらりと振り、近くの店に消えていった。
練習スタジオ
その後、海はバンド仲間と練習スタジオに入った。スタジオは三階建てで、外壁の塗装はところどころ剥がれ落ち、入口の看板も色あせて文字がかすんでいる。階段は軋み、壁のポスターは数年前のライブ告知がそのまま残っていた。中に入ると、埃っぽい匂いと古いエアコンの風が混ざり合い、かすかなカビ臭さが鼻をつく。
それでも、このスタジオは学生やバンドマンに人気だった。理由はひとつ──安いからだ。駅からは少し歩くが、一人当たりワンコインで数時間借りられる。多少のボロさを我慢すれば、好きなだけ音を鳴らせる空間がここにはある。
「圭マジだって! この目で見たんだ!ポイってボールでも投げるように」
興奮冷めやらぬまま、先ほどの出来事を語る海に、圭と呼ばれるギター担当の仲間が目を輝かせる。
「ホントかよ、それ漫画じゃん。すげーな」
「で、海はその人に惚れたってこと?」
「ばっ……ちげーし!」
茶化されて顔を赤くする海。ドラムの子が時計を見て溜め息をついた。
「はいはい、怪我なかったんだからいいじゃん。それより練習しようよ。スタジオ代だってタダじゃないんだから」
そう、バンド活動には金がかかる。楽器はもちろん、練習スタジオだって時間単位で金を取られる。ライブをやるならチケットノルマを背負わされ、赤字になれば自腹だ。
「やべ、もう10分過ぎてる!」
慌てて楽器を準備するメンバーたち。
彼らのバンド名は《タルタロス》。ギリシャ神話に登場する冥界の深淵、あるいはその神の名を冠したバンドだった。




