カフェキュウビの日常3話1
カフェ・キュウビ。
キヌは用事で少し遅れて出勤してきた。椿に挨拶をすると、店内に光太の姿が見当たらないことに気づく。
「あれ、光太は?」
キヌが尋ねると、椿は視線で奥の四人席を示した。
光太の向かいには金髪の女の子が座っていた。椅子の横には楽器が入ったーケースが立てかけられている。
「光太の幼なじみじゃと」
「幼なじみ!?」
キヌは驚き、つかつかと歩み寄る。
「光太、仕事は? 今、仕事中でしょ」
「キヌ!? えっと……今、椿さんに休憩もらってんだ」
「そうなの!?」
キヌが椿の方を見ると、椿はとぼけたようにそっぽを向いた。
「光太、この人、誰!?」
キヌは光太に体重をかけるように問い詰め、グイグイと奥の方に追いやる。
「え、ああ……佐藤海。家の向かいに住んでるんだ」
「どうも、お向かいさんです」
海は軽く会釈した。キヌはじろりと睨みつけるように品定めする。彼女の髪は片側に流したサイドテールで、軽く跳ねるたびに不良めいた気配を漂わせていた。羽織っているのは、派手な龍が刺繍された青いスカジャン。ミニ丈のスカートからは、左右で柄の異なるニーハイソックスが覗き、足元には赤茶のドクターマーチンのブーツがしっかりと存在感を放っている。
「へぇ……幼なじみってことね」
「そうだよ」
海は静かにコーヒーを口にした。キヌの態度に驚く様子も苛立つ様子もない。
「海って言ってたけど、なんの用事?」
「用事ってほどじゃないよ。久しぶりに会ったから、ちょっと声をかけただけ」
「光太、紹介しろよ」海は光太に訪ねた。
「キヌ」──光太が言いかけたが、キヌが口を挟んだ。
「えー、可愛い名前だな」
「なによ、そっちの方が可愛い名前じゃない。海とか」
海は少し目を丸くし、すぐに微笑んだ。
「そう? ありがと」
キヌは顔を赤らめ、自分が子供っぽく振る舞っていたことに気づいて口をつぐむ。沈黙が流れる。
海が口を開いた。
「そうそう、今度ライブやるんだ。光太、おいでよ。ワンドリンク付きで1500円」
「お金取るのか」
「バンドって金食い虫だから」
光太は苦笑しながらうなずく。
「この前、御茶ノ水で欲しいベース見つけちゃってさ……20万」
「高っ!」
「でしょ? だから助けると思って、ね?」
「気が向いたらね」
「楽しみにしてる」とウィンクをする海。
海は椅子を立ち、ベースの入ったケースを背負った。
「そろそろスタジオの時間だから。ドラムのやつが時間にうるさいんだ」
椿に挨拶をして、軽い足取りで店を出ていった。
光太は仕事に戻ろうとしたが、キヌは動かなかった。なにやら考え込んでいる様子で、声をかけづらい。椿がやってくるまで、光太は動けなかった。誰か助けてと祈った。