表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/21

カフェキュウビの日常2話5

「アンタら名前は?」

サラシを巻いた女が言った。

「アタイは陽。伏見稲荷のお陽なんて呼ばれたりするよ」

「キヌよ」

「光太です」

二人が名乗ると、お陽は人差し指で自分のこめかみをトントンと叩いた。

「覚えたよ、キヌと光太。さて──勝負のルールは簡単さ」

お陽はサイコロを一つ手に取り、床に壺を三つ並べた。

「この三つの壺のどれかに、今からアタイがこのサイコロを入れる。アンタらは最初に一つ壺を選ぶ。そのあと、残った二つのうち一つ、つまりハズレをアタイが開けてやる。んで、最後にもう一回選び直すチャンスがあるのさ。最初に選んだままでもいいし、変えてもいい。──さて、どれが当たりかな?」

「ん? んん?」

キヌが眉をひそめ、右手と左手で何かを計算しているようだったが、すぐに混乱した表情になった。

「分かった」

光太が静かに言った。

「おっ、さすが人間の坊やだねぇ」

お陽はサイコロを天井に向かって高く放った。ぶつかるかと思うほどの勢いだったが、頂点でふわりと止まると、ゆっくり落下してきた。

お陽はサイコロと壺三つを同時に掴み、流れるような動作でサイコロを一つの壺に仕込み、三つの壺を床にトントントン、と並べた。

その間、光太とキヌは呆然と目を見張るばかりだった。

「さあ! さあ!」

お陽の威勢のいい声が響き、二人は我に返った。

「あ、ああ……じゃあ真ん中で」

光太は中央の壺を指さした。

「なにが起きたの?」

キヌが小声で聞いてきたが、光太は答えずにお陽を見つめた。

お陽はニヤリと笑うと、自分の側の左の壺を開けた。

中は空だった。

「ほい、これはハズレだね」

キヌがゴクリと唾を飲んだ音が聞こえた。

「さて、残るはアンタの選んだ真ん中と、もう一つ右の壺。さあ、最終決断だ」

「……変更する」

光太は右の壺を指した。

「え!? 最初のが当たりだったら悔しいじゃない!」

キヌが声を上げるが、光太は冷静だった。

「多分、大丈夫」

お陽は口元を緩め、「へえ、やるじゃない」と言いながら、右の壺を開けた。

中には──サイコロが入っていた。

「ざーんねん、当てられちゃった。負けたよ」

お陽は手を挙げて笑った。

「平次は第三金曜日に来る。……で、明日がちょうど第三金曜日だね」

「明日……」キヌが小さく呟く。



その日のところは、キヌと光太は一旦別れ、翌日に備えて家に帰ることになった。

光太は家に着くと風呂に入り、夕飯を食べ、ベッドに突っ伏した。

「はぁ……色々あったな」

今日一日の出来事が、走馬灯のように頭を巡る。

カフェ・キュウビが急に臨時休業になり、キヌと一緒に妖怪の町を訪れた。

通りを歩き、いろんなものを食べ歩き、そして──キヌの財布が盗まれた。

あの時、光太は会計の合間に、袖から覗いたキヌの財布をちらりと見た。

がま口の小ぶりな財布。朱色の地に、鈴の絵柄があしらわれている。

札は丁寧に折り畳まれて収まっていた。

光太は、自分では札を折ることはしない。折り目がつくと自販機などで読み込まれにくくなるからだ。

それでも、そんなふうに几帳面に折りたたんでいる様子が、なんだか可愛らしいと思ってしまった。

そして、河原で見た夜桜。

桜をちゃんと眺めたのは何年ぶりだろうか。

子どもの頃、隅田公園に車で連れて行ってもらったことはあるが、肝心の桜の記憶はほとんどない。

きっと、まだ小さすぎて桜よりも屋台の方が気になり、花など目にも入っていなかったのだろう。まさに「花より団子」だ。

子どもにとっては、桜よりも家で食べるカップ麺やチョコやアイスの方がよほど嬉しいものだ。

けれど、不思議なことに──そうやって見向きもしなかった光景が、大人になってふと「ああ、昔行ったな」と思い出になることもある。

だから、全くの無意味というわけではないのだろう。

あれやこれやと思い返しているうちに、まぶたがじわじわと重くなり、そのまま光太は眠りに落ちた。

――翌朝。

光太がカフェ・キュウビに出勤すると、店はすでに開いていた。どうやら今日は通常営業らしい。

「おはようございます」

声をかけて店に入ると、カウンター越しにキヌの姿が見えた。彼女は接客の真っ最中で、ちらりと光太を一瞥すると、にこりと笑って再び客へと向き直る。

「あれ、今日は権助さんの当番じゃないんですか?」

光太が椿に尋ねると、椿は手を動かしながら答えた。

「何か用があるとかで、キヌと交代したようじゃの」

「そうなんですね」

光太は奥へ行き、制服に着替えた。

――そっか。今日、またあっちへ行くから当番を代わってもらったんだな。

昼休憩はキーマカレーに溶き卵のスープ、そしてミニサラダ。店は昼時からずっと賑わっており、休憩も交代で取る形になった。

結局、夕方までキヌとゆっくり話す時間はなかった。

午後五時、椿から「上がっていいぞ」と声がかかる。着替えを終えて外に出ると、店の前でキヌが待っていた。

「さあ、行くわよ」

「うん」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ