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カフェキュウビの日常2話3

「まずはお団子でも食べましょ。あそこのお団子は絶品なんだから」

 そう言ってキヌは光太の手を引いた。

「わかった、わかったって」

 2人が向かったのは「みふねや」と書かれた緑色の暖簾の店。小さな甘味処らしく、表には木製の長椅子が置かれていた。

「おばちゃーん、団子セットふたつねー!」

 奥に声をかけると、キヌは外の長椅子に腰を下ろしながらバンバンと隣を叩く。

「ほら、座って!」

 光太は笑いながら腰を下ろす。 しばらくして、年配の店員が団子と湯呑みを運んできた。

「はい、おまちどうさま」



「きたきた! ほら、食べて!」

 運ばれてきたのは、あんこ、きな粉、みたらしの三色団子。それぞれ串に刺さり、つやつやとした見た目が食欲をそそる。

 光太はきな粉団子をひとつ手に取り、そっと口に運んだ。

「……おおっ」

 思わず声が漏れる。団子はもっちりと柔らかく、きな粉の香ばしさが口いっぱいに広がる。ほどよい甘さと、ほんの少しの塩気が絶妙なバランスだ。

 そのあと、湯呑みのお茶をひと口すする。

 熱すぎず、かといってぬるくもない。優しい渋みと香りが、口の中をすっきりと整えてくれる。

「お団子とお茶の組み合わせは最高よね」

 キヌがにっこりと笑った。

「たしかに。団子なんて久しぶりに食べたけど、うまいよ。こうやって外で食べるのって、子供の頃の遠足以来かも」

「遠足?」キヌが団子を頬張りながら尋ねる。

「遠足だよ。学校で行く、小旅行みたいなやつ」

「学校なんてないもん、うちらは」

「そうなのか。人間の世界では、子供たちは学校ってとこで色んなことを学ぶんだ」

「へえー、楽しそうね」

「うーん、人によるけどね」

「光太は楽しくなかったの?」

「どうだろ。昔のことだから、忘れちゃったよ」

 光太は少し曖昧に笑った。

「学校の遠足では、だいたい弁当を持っていって、原っぱとかで食べるんだよ。友達と食べると、なんか特別な味がするんだよね」

 ふと気がつくと、キヌの皿の団子はすでに空っぽだった。

「次は……しょっぱいものがいいわね!」

 そう言って、キヌはまた光太を引っ張る。

 たどり着いたのは、鮎の塩焼きを売る露店だった。屋台の前には香ばしい匂いが立ちこめ、串に刺さった鮎が炭火の上でじりじりと音を立てている。滴る脂が炭に落ちてはジュッと煙をあげる。

「おじさん、2本くださいな」

「あいよ!」

 店主が手際よく焼いた鮎を串ごと紙に包んで渡してくれた。

「そういえば、俺お金払ってないけど……大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。今日は私の奢りだから。それに光太はこっちのお金持ってないでしょ」

「たしかに。じゃあ、お言葉に甘えて……」

「いよっ、お大尽!」

「よきにはからえー!」

「ははーっ!」

 2人は顔を見合わせて笑った。串を持って、焼きたての鮎にかぶりつく。熱々の身がほろりと崩れ、塩加減と香ばしさが絶妙に調和していた。

 買い物横丁には、まだまだ美味しそうな匂いと音があふれている──

光太とキヌは、寄席で落語を聞き、歌舞伎のような芝居をのぞき見し、浮世絵らしきものを売っている店をひやかした。どこか江戸時代のテーマパークのような雰囲気で、光太は子供の頃に戻ったような気持ちで楽しんでいた。

歩き疲れた二人は、町の外れの茶屋でひと休みしていた。

キヌは、湯気の立つ蒸しまんじゅうを頬張っている。光太はというと、さすがに食べ過ぎたらしく冷たいお茶だけを頼んでいた。

「本当にお茶だけでいいの? ここの蒸しまんじゅう、とっても美味しいのに」

「うん、さすがにもう食べられないよ」

キヌの小柄な体のどこにあれだけの量が入っているのか、光太には少し不思議だった。

「そう、残念」

キヌはそう言いながらも、もうひと口まんじゅうを頬張った。

「ここは、いいところだね」

光太がぽつりと言うと、キヌはにっこり笑って頷いた。

「そうね。私も好きよ」

「うん」

「ここはね、良くも悪くも“時が止まってる”の」

「どうして?」

「さあ、よくは分からない。ただ、どんなに時が経っても、車も走らないし、パソコンも発明されない。そういう場所なのよ」

「不満なの?」

「うーん……不満ってほどじゃないわ。好きなの、ここ。でもね、外の世界にも興味があるの。ここが嫌いになったわけじゃなくて、むしろ好きなんだけど……ちょっとだけ、息苦しくなることがあるの」

「わかる気がする」

光太は湯呑みを指でなぞりながら、ゆっくりと頷いた。

「変わらないことには、意味があるんだと思うの。何百年、何千年かけて、今の形になったのよ。きっと頭のいい誰かがたくさん考えて、試して、いろんなことを経て、こうなった。だから、それが正しいって、どこかで分かってる」

「うん」

「でもね、私はそれでも、手を伸ばしてしまうの」

キヌは空に手を伸ばした。だが、何も掴めなかった。少し残念そうな、でもどこか可笑しさを含んだような顔をして、肩をすくめた。

「俺はここ、好きだよ。人間も妖怪も、ないものねだりなのかもね」

「ほんとにね」

なぜキヌがこんな話をしたのか、光太は少しだけ分かった気がした。そんなことを話したくなるような、そんな一日だった。


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