翼なき飛翔
空の塔が、再び光を放っていた。かつて神の民によって封じられたその塔は、今やカイルの力によって目覚め、世界の空にその存在を示していた。
塔の頂には「神の座」と呼ばれる場所があるという。リュミナの調べにより、それが神の民たちの本拠であることが明らかになる。
「……行くのか? 一人で」
塔の麓でリュミナが問いかける。
「ううん。一人じゃない。俺の中には、もう皆がいる」
祖母の言葉。村人たちの叫び。塔が教えてくれた精霊たちの声。そしてリュミナの祈り。すべてが翼となる。
アルマ・オルタ。天空に浮かぶ巨大な聖域。
そこに辿り着いたカイルを迎えたのは、純白の衣を纏った“真の神の民”たちだった。
「我らが築いた秩序を、なぜ壊す」
「選ばれぬ者が、世界を導けるはずがない」
「力は、血にこそ宿る」
彼らの言葉にカイルは静かに、確かに否定する。
「力は、生きようとする意志に宿る」
精霊たちが彼の背に集い、風、火、水、土、雷、そして“空”――
すべての属性が共鳴し、ひとつの剣となった。
「これは、“空白”の剣だ」
剣を掲げ、カイルは神の民の防壁を打ち破る。
神殿の奥、最後の間には一人の少年がいた。
カイルによく似た顔だが、その瞳は虚無を映していた。
「僕はかつて君と同じ“空の器”だった。でも……見捨てられた」
“空を歩くもの”の失敗作。
過去に選ばれ、そして拒絶された存在。
カイルは剣を構える。
「君が願ったのは、本当に“神の力”だったのか?」
「違う……僕は……ただ、誰かに認めてほしかった」
剣が交わる。過去と現在が衝突する。
だがカイルは、力ではなく、手を差し伸べた。
「それなら、今から始めよう。俺たちは、選ばれなかった者たちの未来を選ぶんだ」
少年は涙を流し、剣を落とした。
アルマ・オルタは崩れ始める。
選ばれし者たちの神殿が終わるとき、空の塔は光の翼となって広がる。
世界に光が満ちる。
カイルとリュミナは浮かぶ大地の上に立っていた。
「これが……新しい空か」
「うん。誰にでも、届く空」
風が吹く。
翼なき少年は、いま、自らの足で空を歩いていた。