境界の村
辺境の村、リューデ。そこは、空と地の狭間、広大な雲海のほとりにぽつんと存在する、忘れ去られた集落だった。
ここで生まれ育った少年カイルは、村の外に広がる「空の裂け目」に憧れていた。
「……なあ、おばあちゃん。俺、やっぱり見たいんだ。あの塔のてっぺんを」
火の粉の舞う暖炉の前で、カイルは声を弾ませた。齢十五。痩せぎすの体つきに、不釣り合いなほどまっすぐな瞳があった。
「ふふ……バカ言ってないで、早く手伝っとくれ。まったく、空の塔だの、古の精霊だの……いつまで夢の中を生きているのやら」
祖母のセラは笑っていたが、どこか目が険しい。塔の話になると、いつもそうだった。
村には、塔の話をしてはいけないという暗黙の掟があった。理由は誰も語らない。だが、塔の方角には決して近づくな。そう教え込まれてきた。
だからこそ、カイルは塔を見たいと思ったのかもしれない。禁止されればされるほど、それは輝きを増していった。
その夜。事件が起きた。
空の裂け目から、黒煙をまとった「獣」が現れたのだ。
村人たちは「アグレスだ!」と叫び、鐘を鳴らした。アグレス――古の災厄とされる魔物である。獣は咆哮を上げながら、家々を踏み潰していった。
「逃げろォォォ!」
男たちは武器を取ったが、歯が立たない。まるで意思を持っているかのように、獣は村の中心――塔の方角を見据えて動いていた。
カイルも、祖母と共に逃げていた。
だが、途中で祖母が倒れた。
「ばあちゃん!」
「行け、カイル……私は、ここまででいい」
「ふざけるな! 置いてけるわけないだろ!」
だが、祖母は微笑み、懐から一冊の本を差し出した。
「……ずっと隠していた。けど、もう……読め。カイル。塔の秘密がそこにある」
その言葉とともに、炎の瓦礫が落ちてきた。
カイルは本を抱いて――走った。
夜が明けた。
村は、炎と瓦礫に包まれ、すべてが変わっていた。
カイルは一人、村の北端にある禁断の森の前に立っていた。
祖母の本は、古語で綴られていたが、不思議と意味が分かった。
そこにはこう書かれていた。
「空の塔は“空白の器”を求める。属性なき者よ、天の門を開け」
――空白の器。無属性。
カイルは小さい頃から、魔法の素質がないと言われていた。火も水も、風も土も、何の属性にも反応しない。それが劣等とされていた。
だが、本は言っていた。無属性だからこそ、空の塔は応えると。
その瞬間、空が震えた。
雷鳴とともに、裂け目から光の柱が立ち上がる。
塔が目覚めたのだ。
カイルは森を越え、塔の前にたどり着いた。その頂は雲の上。終わりが見えない。
だが、扉は開いていた。何百年も閉ざされていたはずの、巨大な扉が。
「……俺を、待ってたのか」
そう呟いたとき、背後で誰かが笑った。
「ようやく来たな、“空白の器”。お前が最後の鍵だ」
声の主は、白い外套を羽織った男だった。髪は銀、瞳は金。人間とは思えぬ威圧感があった。
「お前は……誰だ」
「名乗るほどの者ではない。ただの“導き手”さ」
そう言って、男は杖を一振りした。地が震え、塔の内から光があふれた。
「さあ、選ばれざる者よ。運命の階段を登るがいい。神に抗う旅の、始まりだ」
こんばんは、翔柴です。初めての投稿、よろしくお願いします。