第1章 真宵の森〜はじまりの村
真宵の森
シルムンド達がまず目指すは賢者の山。
そこには、かつて勇者と共に魔王を討伐した5人の従者の1人、賢者オーシェルが隠居していると言われている。
200年の平和により人々は魔界モッドモッダンへ行く術を忘れてしまっていたのだった。
城からまともに出る事のないシルムンドは、大自然に少し心が躍っていた。
初の野営、初めて目にする動物、魔物。
そのどれもが刺激的で、シルムンドは冒険が自身に向いていると感じていた。
しかし、それは一週間程の内の事であった…。
気づけば辺り一面背の高い木々に囲まれた森。
そこは真宵の森と呼ばれる、アラセボルドの中で最も魔界に似ているとされる場所だった。
シルムンドが生きてきた68年は平和だった為、ベッド以外で寝た事など殆どない。
平原にテントを張る野営とは違い、森ではいつ動物に襲われるかも分からない。
その為テントを張っていては素早く逃げる事が叶わず、正真正銘の野宿を要されるのであった。
「近くに村などはないのか?こ、此処で寝るのは流石に怖いぞ…。」
「確かこの辺りには勇者が生まれたとされる村があったような…。」
ツタエルが答える。
これまでシルムンドの御輿役はローテーションで決められていた。
しかし、ツタエルのみ一週間ずっと御輿を担いでいた。
それは自ら剣を用いて娘を救いに向かおうとする王への敬意による志願であった。
それ故にツタエルも内心、村での宿泊が叶うのであればそうしたかったのだ。
吸血虫が王に集る。
咬まれたらとても痒くなる。
シルムンドは伝説の剣をブンブン振り回して虫を追い払っている。そんな時、先頭の兵士が声を上げる。
「おい!村が見えるぞ!」
兵達の士気が上がる。
シルムンドも重くて動けないはずだが飛び跳ねて喜ぶ。
「おお!それは誠か!本日はその村で休むとしよう!」
兵達の脚が早まる。
伝説の剣が抜けた時の様に、スルリと村に辿り着いた一行だった。
はじまりの村
村人達は口をあんぐりと開け驚いている。
村人よりも大人数の旅人が訪れたのは初めてだったからである。
「こちらにおられる方はアラセボルド国王、シルムンド様である!魔王に攫われた姫君を救い出す為、自ら伝説の剣を狩り立ち上がられた!村の長はどこだ!」
「は、はい、ワタシですじゃ!」
首を垂れるのは痩せ細った老人であった。
「一泊だけ王を泊めて貰いたい。構わないな?」
「滅相もございません!有難き幸せですじゃ!ささ、どうぞ此方へ!」
見るに村には100人程しか村民がいない様だ。
皆、祭りの様にシルムンドを一目見ようと家から飛び出してくる。
シルムンドは御輿から重い腰を下ろし、村人達に向い膝をついた。
「村の民よ、ありがとう…。」
頭を下げる王の姿を見た村人達は動揺し、王より低く頭を下げる。
地面に擦り付ける様に。実際には鎧が重くて立ち上がれなかったのだが、シルムンドの姿に村人の心は大なり小なり動かされた。
「も、勿体無いお言葉ですじゃ!!」
遠い位置にいる村人はヒソヒソと話す。
「…王様って意外と悪い人じゃないのかしら?」
「…ケッ!見てみろよあの御輿を!ここまで歩いて10日はかかる。自分の脚で歩きもしないヤツがいいヤツであるかよ!」
ツタエルはその言葉が耳に引っかかった。
しかし、シルムンドの耳には届いていない様だったので、聞き流す事にした。
村ではキノコが名産の様で、様々なキノコ料理をもてなしてくれた。
シルムンドはこの一週間、城から持ち合わせた食材にお抱えの王宮料理人の手料理を食べていた為、これまでで最も貧しい食事となる。
本当は食べたくなかったが、善意を無駄に出来ないとポタージュを口に運ぶ。
中々どうして美味であり、シルムンドは旅の楽しさを思い出しつつあった。
すると、村の少女、テトルが王に語りかける。
「王様は偉いの?」
「バカ!!アンタなんて無礼な事を…!?」
シルムンドは笑いながら答える。
「ハッハッハッ、よいよい。ワシは王という職についているだけだ。偉いとは思わんよ。ただ、人間には生まれ持った責任、天命がある。皆は愛する者や自分の生まれ育った村などに責任を向けなくてはならない。ワシはそれが国民全てというだけなのだ。」
ぽかーんと口を開けているテトル。
「そうなんだ!ならなんでこれまで、ワタシ達の村に王様は来てくれなかったの?」
マズい!と村人、ツタエルがテトルに目を向ける。シルムンドは目が点になっている。
「だってそうでしょ?王国からは馬車を使って3日かかるくらい遠いけど、ここだって立派なアラセボルド国内よ?みんなぜいきん?も払ってるって。けど、この村にはお医者さんだっていない…。」
村人達は叱り付けようとしていたが、俯いて何も言えなくなってしまう。
ツタエルはシルムンドの顔色を伺っている。
「…すまない。全ての国民を幸せにする事がワシの責任ではある。しかし、それにはワシ1人の命では足りないのかもしれない。この世界が平和になったのも、ほんの200年前の事なのだ。オヌシの様に若い者からすれば200年は途方もない時間に感じるかもしれない。だが、ワシの様に死を意識する歳まで生きると、200年の歩幅の小ささに気付かされてしまうんだ…。」
その場にいる者はテトルを除いて、皆苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべた。
口を紡いでいた者が、1人、また1人と口を開く。
「で、でもよ、俺達は税金を払ってるんだぜ?馬車で3日かけて、王国まで届けに行ってるんだぜ!?自分達で稼いだお金をだ!知らなかったなんて事、許されるのか?」
「確かに村を捨てて王国の側で暮らせば少しは豊かになるかも知れない。でも、仕事はどうしたら良いんだ?俺達は今日生きる飯にだって困ってるって言うのに…。」
ツタエルは焦って口を挟む。
「お、落ち着いてくれ!アラセボルド国民の税率は全国民一定だ!なにもお前達だけ苦しめようなぞ国王は考えていない!」
その言葉に1人の村人は引っかかる。
「お前達だけ…?なら国民全員を苦しめようってのかい?」
「それは揚げ足取りだ!国王は国民皆を平等に愛しておられる!俺が言いたいのは…!」
「もうよい!ツタエル!」
ツタエルはまだ言いたい事があったが王の御前という事もあり口を閉じた。
「村の民…いや、国民達よ、悲嘆なき意見をありがとう。少し1人で考えさせてくれないか?」
村人達は少し考えて、部屋から出ていった。
最後の1人が王に向かって言う。
「…娘さんを助けようと立ち上がられたのは尊敬に値します。私達は遠くて王国の状況が分からない。それは国王がこの村の状況を分かっておられない事と同じ。無礼をお許し下さい…。」
シルムンドは村人が出ていった扉を見つめていた。
翌朝、シルムンドが起床すると外には300人の兵達が既に整列を済ませていた。
「おはようございます。国王様。間も無く出発致します。これ以上滞在致しますと夜までに森を抜けられませんので…。」
ツタエルがシルムンドにそう伝え、隊列に戻ろうとした時である。
突如昨夜話した村人が血相を変えて走ってきたのである。
「国王様!!助けて下さい!!」
何事かとシルムンド、ツタエルは村人について行った。そこには、テトルが横たわっている。
「はぁ、はぁ、お、王様…。」
「なにがあったんだ?」
国王が問いかける。
「この村では昔から、10の歳までにこの病にかかるのです。治すには賢者の山の麓に生える魔法の薬草を煎じて与えるしか無く、この子の兄が1人で行ってしまったのです…!!」
「なんだと!?」
「まさかこんなタイミングで発症するだなんて…!!」
「医療班よ!!すぐにこの子の治療に当たれ!!兵達は兄の捜索にかかれ!!」
「で、ですが今出発しなくては真宵の森を抜ける事は絶望的になります!!」
「問題ではない!!国民の命が優先だ!!」
忙しなく体動する兵士達。
すると、医療班は驚くべき診断を下す。
「国王…。これはただの風邪です。抗生物質を与えれば明日には良くなります…。」
「!!」
そう、医療が衰退したこの村では風邪を治療する事もままならないのだ。
薬を与えると楽になった様でテトルは王に語りかける。
「お、王様…。ありがとう。凄いね、本当にみんなを助けてくれるんだね…。きっと、お姫様も…。」
力なく腕を垂らす。
その腕を取るシルムンド。
「テトル…?!テトル!!」
すーっすーっと寝息を立てる。
眠ってしまった様だ。
力強くその手を握りしめ、涙を浮かべた。
「なにが国王だ…!!ワシはなにをしてきたのだ…!!」
「救助班より報告!少女の兄を発見致しました!」
これが若き勇者の冒険譚であれば、きっと勇者が変わって薬草を採取しに行くのだろう。
しかし、国家の総力を集めたこの場では、簡単に解決してしまった。
「テトル!!お兄ちゃん、薬草見つけたんだぜ!!」
「崖下に降りようとしているところを保護致しました。薬草をどうしても持って帰るというので、我々の手で採取はしたのですが…。」
兵士の手から薬草をぶん取り、テトルの口に運ぶ少年。
しかし、何の効果もない。
「なんで!なんでなにも変わらないんだ!?」
医療班が言う。
「今、お薬を与えたんだ。そんな薬草じゃあ治らないんだよ。明日には良くなるからね。」
魔法の薬草。
それは漢方の様な者で実際の効力などは科学的には証明されていない。
いわば迷信のような物であった。
「そんな薬草??代々この村の大人達が命をかけて取ってきた薬草だぞ!?俺だってこの薬草のおかげでこうして生きてるんだ!!」
すると目を覚ましたテトルが兄の手を取り言った。
「お、お兄ちゃん…。怒らないで…。」
テトルの笑顔を見た少年は、泣きながらキツく抱きしめた。
「うっううっううぅ…。ありがとう…ございます…。ごめんなさい、ごめんなさい…。」
シルムンドは震えていた。
自身達は何百年も平和を守っていると思っていた。
正しい事をしていると思っていた。
その何百年でこの村の者達は家族を守る為に迷信にもすがり、命をかけて薬草を採取しに行っていたのだ。
周りを見渡すと村人達が皆、頭を下げている。
昨日の様に大袈裟に、頭を地面に擦り付けるのでは無く、人の、当たり前の感謝の表現としてのお辞儀だ。
反してシルムンドは、頭を地面に擦り付け謝罪をした。
「アラセボルドの国民達よ…!!すまなかった…!!」
兵達は驚きシルムンドを起こそうとする。
すると、シルムンドは兵の手を解き、自身が宿泊していた部屋へと戻って行った。
沈黙が続く村。
シルムンドは出発の身支度を始めた。
暫くの後、シルムンドは兵、村人の前に姿を現した。
「出発だ。」
その姿に疑問を覚える兵達。
「こ、国王様!鎧はどうされたのですか?」
シルムンドは静かに目を閉じてゆっくりと語る。
「皆の者よ、今までありがとう。これからは自分の脚で歩みたい。その為には黄金の鎧は重すぎるのだ。」
兵達は周りの兵と顔を見合わせる。
「さ、左様でございますか!!で、ではより一層の護衛を…」
「いや、護衛の任も今日限りで解く!近衛兵団の者達は王国の防衛達と合流せよ!その他の者達は、財政調査だ!各地へ赴き、医療設備やインフラが万全な物かを確認するのだ!もちろん、この村はどちらも不十分だ!即刻対処する様に!」
兵達は動揺を隠せない。
「そ、それでは王の身の安全はどうされるのですか…!?王が戦闘で亡くなられた場合、姫君を救える者はこのアラセボルドにはもう…!!」
失言だ。
だが、正論だ。
口を大袈裟に手で押さえる兵に、シルムンドは微笑みかける。
「そうだな、ワシは護られなくては1人で辿り着けない程弱い。だから、歩いてみたいんだ。小さな歩幅で、1Lvずつ上げて行きたいのだ。そうでなくてはワシは剣に握られたただの武器に成り下がってしまう。今のまま魔王と対峙しても、どの路救える命も救えない。」
兵達は王の言葉が唯の無鉄砲には聞こえなかった。
事実、剣を振るわなくてはいけないのは王である。
王は強くならなくてはならないのだ。
「今出発為されると、確実に真宵の森での野営を強いられます。」
「構わん。」
兵達は迷った。
1人を除いて。
「聞いたであろう!王のお言葉を!!直ちに城へ戻り作戦会議をせよ!!」
ツタエルであった。
ツタエルの行動原理は唯一つ。
シルムンドへの敬意である。剣に選ばれた使命、娘を助けるという覚悟、この先シルムンドに訪れる試練、背負うものの大きさ。
その全てを理解したいのだ。
シルムンドとツタエルの覚悟は伝播し、忽ちに兵達は帰路につく。
「ツタエルよ、感謝する。」
ツタエルに敬礼するシルムンド。しかし、ツタエルはこう返す。
「王…いえ、シルムンド様!私は命に叛き貴方様の護衛に当たらせて頂きます!!」
「へ?」
驚くシルムンド。
「シルムンド様1人の力じゃどうにもならないと分かっておられるでしょう!先ほど弱いと言っておられたではありませんか!!」
「そ、それはそうだが…。」
「唆したのも私です。御護りすると約束をしたのも私です。嫌でしたら国家反逆罪に処して頂いて構いません故!!」
余りの勢いに気圧されるシルムンド。
動揺しているシルムンドを見て、ツタエルは微笑んだ。
「この村に来て本当に良かった。私は剣に選ばれし者こそが勇者なのだと思っていました。しかし、どうやらそうではない様だ。剣を握った勇気、国を出た勇気、1人で歩むと誓った勇気。その勇気の蓄積が、冒険の最後に勇者を創るのです。まだ勇者ではない貴方を単身で冒険させるべきではない。ただ、その勇気を尊重して命に背く他ないと判断しました!」
シルムンドはツタエルを改めて見る。
真っ直ぐな瞳だ。
「勇者を創る冒険…か。確かにその通りだ。ツタエル、妹の為に薬草を採取しに行ったテトルの兄、ワシについて来てくれた300人の兵達をも勇者にしなくてはならない。その為にこの冒険の道半ばで死ぬ訳にはいかない。命令はせぬが、背中の心配はしなくてよいな。」
2人は固く拳を握り締め合った。
出発の時背中からとんでもない熱を感じた。
「勇者様ありがとう!!」
「勇者様頑張って!!」
「絶対姫様助けるんだぞ!!」
「どうかご無事で!!」
村人、帰路につく兵達の声だ。
やはり、背中の心配は要らなかった。
シルムンド(68) Lv.1→Lv.2(鎧の重さ)
ツタエル(19) Lv.10→Lv12(道中の魔物退治+御輿を担いでいた運動)