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死にたがり

 しばらくするとウエイトレスがやって来て、グラスをふたつ、テーブルの上に乗せた。


彼女が無言のまま、運ばれてきたオレンジジュースを手に取ろうとしたので、私はそれに慌ててストローを突っ込み、一口飲んだ。



 飲み込んだ後、「どうぞ」と私が促すと、彼女は「死にたがり」と口を尖らせて言った。


「これも仕事ですので」


 私は彼女をなだめながら、自分のアイスコーヒーに手をつけた。


それからふと、彼女が無性に羨ましくなった。


それはたぶん、彼女が美味しそうにオレンジジュースを飲むからだろう。


だが、こんな感情を抱いたのは初めてだった。




 私はテーブルに突っ伏しながら、空っぽになったグラス周りの水滴を指でなぞっていた。


店内の曲は既に3周目に突入している。


 彼女が一向に話し出さないので、私は我慢できずに切り出した。


「手紙で仰っていた話とは、一体何なのでしょうか」


 すると彼女は、思い出したように手をポンと叩き、目を閉じて深く呼吸をした。


それからようやく口を開いた。


「単刀直入に言うとね、あなたに私の影武者を辞めてほしいの」


 私は開いた口が塞がらなかった。


唖然とする私をよそに、彼女は続けた。


「もう、あなたが身代わりになる必要はなくなったの。いきなりで悪いけど」


 そう吐き捨て、席を立とうとする彼女の手を、私は咄嗟に掴んでいた。


「待って下さい。しっかり説明してくれないと、納得できません」


「…私にはもう、影武者は必要なくなったの」


 彼女は下を向いたまま言った。


そして、すぐ上を向いた。



(何故?どうして?)


 私は彼女の手を掴んだまま、その場に立ち尽くしていた。



 それから少しして、パッと目を見開いたかと思うと、彼女は片方の手で突然口を抑えた。


2、3回咳き込んだ後、彼女の手からはポタポタと血が溢れた。


その瞬間、私は足の力が抜け、よろめいた拍子に床に座り込んでしまった。




 右斜め前の席に座っていた男はこちらに駆け寄ると、ポケットから取り出したハンカチを彼女の口に当ててこう言った。


「これ以上は身体に障る。お前は役目が済んだら、故郷に帰るんだ」


 どうやら男は彼女の護衛らしかった。


私は座ったまま後ずさりして、椅子かなにかに頭をぶつけた。


そして、その場から逃げようとする足が、ようやく止まった。


「何の病気なの。治るんでしょ、ねえ」


 私は立ち上がり、男の裾を思い切り引っ張った。


男はうつむいていたが、彼女に肩をつつかれ、絞り出すような声で言った。


「…結核だ。去年の秋ごろ発病して、もう一年になる。医者からは、これ以上の回復は見込めないと診断された」


(嘘だ、そんな素振り、今の今まで見たことがない)


 私はなんとか否定しようと、頭の中で闘っていた。


しかし、目の前で苦しむ彼女が、何よりの証拠だった。


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