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古びた喫茶店

 9月に入り、蝉の死骸をほとんど見なくなった。


時代が進んでも、紋白蝶や天道虫などは依然として、季節の変わり目を告げている。


彼らより美しく、儚いものはこの世に無いと、私は思っている。


 それは逆に、彼らが最後の砦ということも意味していた。


 ◇


 日差しの強い昼下がり、私は地図を片手に、呼び出された場所へ向かった。


駅から10分ほど歩いたそこには、年季の入った小さな喫茶店がひとり、座り込んでいた。


(喫茶黒猫…)


 所々ペンキが剥がれ落ちており、黒ずんだ白い壁の中に、澄んだ青が隠れていた。


もしかしたら、青の下には赤があったのかもしれない。


それとも、当時の色を知る人はもう既にいないのかもしれない。


そんなことを考えながら、私はドアに取り付けられた風鈴が鳴らないように中へ入った。




 店内はガランとしていて、彼女を見つけるのにそう時間はかからなかった。


しかし、窓際の奥の席に向かう私の足が、急に止まった。


「しまった」という感情が一瞬頭をよぎった。


 私は慌ててポケットから封筒を取り出し、中身を確認したが、確かにそこには“白のワンピース”と書かれてあった。


どうやら私の勘違いではないらしい。


 その瞬間、私の胸の鼓動が一気に治まった。


身体中に血液が行き渡り、段々と手のひらが温かくなっていくのがわかった。




「来なくても良かったのに」


 席に着き、注文を済ませたところで、彼女は吐き捨てるように言った。


 そういう訳にはいかなかった。


 彼女と会うことは滅多にないし、向こうから誘ってくることなど、まずないのだから。



 それからしばらく沈黙があった。


私はそれに耐えきれず、変に空回りした声で聞いた。


「今日は白のワンピースと聞いておりましたが、何かの手違いでしたでしょうか?」


 彼女は特に気にする様子もなく、ぶっきらぼうに答えた。


「ああ、それね。私が頼んだの、あなたに別の服を着させるようにって」


「何故そのようなことをしたのですか。もし敵に情報が渡っていたら、私はあなたの身代わりになれないかもしれないのですよ」


「私の代わりに死にたいの?」


 彼女は不思議そうに首を傾げた。


「それが私の役目です。私はあなたでなくてはなりませんから」


 彼女は何も言わなかった。


 そしてまた、長い静寂が訪れた。


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