第五話 鬼
一瞬の出来事だった。
一瞬で莉桜ちゃんは狩られた。
首から血が噴き出し、抵抗していた莉桜ちゃんの力はアッという間に抜けて、気が付いたら力無く手足がプラプラしていた。
そんな莉桜ちゃんを、天井にいるカマキリは血塗れになりながらムシャムシャバリバリと食べ続ける。
なにこれ………?
なんなのこれ?
なんで?
なんで?なんで?
なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?
受け入れられなかった。
「あ………あ………………あぁ………………」
だって………受け入れたら……それは…………莉桜ちゃんを………………。
目の前で起こっている事を、私は見ているだけしかできなかった。
もっと早く動いて助けに行けば、まだ助かるかもしれない。
けれど、目の前で莉桜ちゃんが食べられて、血塗れになっていくその姿に私は恐怖した……。
誰が想像出来るだろうか?
目の前で大切な友達が致命傷を負って食べられるところを見る恐怖が。
血の匂いで満たされ、グチャグチャバリバリと咀嚼音が響き、虚ろな目で私を見る莉桜ちゃん。
彼女の口が僅かに動く。
「佳鈴ちゃん………………………て……」
私の名前を呼んだ。
私に何かを言おうとしていた。
だけど、恐怖でパニックになりかけていた私には、莉桜ちゃんが何を言っていたのか分からなかった。
何を言ったの?
なんて言ったの?
私に何を……?
「カヒュ………!!」
莉桜ちゃんが口から血を吐き、緑色の眼がグリンっと白目を剥く。
莉桜ちゃんが……完全に事切れた瞬間だった。
「いやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!」
いつも一緒に居た。
明日はお泊りにもくるはずだった。
これからもずっと一緒だったはずだった。
なんでこんなことに!?
なんでこんな巨大なカマキリが学校の中に居るの!?
恐怖とか、不安とか、疑問とか、目の前の出来事が頭の中でグチャグチャになってまとまらない。
パニック状態になった私はその場から逃げ出した。
そこからは無我夢中だった。
渡り廊下前の階段を必死になって降りようとすると、私は足を滑らせて転んでしまった。
何かと思って見てみると、それは猫の形をした残骸の一部だった。
パニックになっていた私はさらに恐怖し、吐き気を催しながら階段を駆け降りる。
階段を降りて周りをよく見れば、猫や犬達の動物たちの肉片とか毛とか色々あってさらに恐怖戦慄する。
夕日の光が沈み、暗くなって非常灯の光だけの廊下を走って玄関までたどり着くが、そこからさらにパニックになった。
玄関扉を開けようとしても開かなかった。
鍵がかかってると思ったわたしは鍵に手を伸ばして解錠しようとしても、鍵はまるで錆び付いたかのように硬く、何度も何度もガチガチとするがビクともしない。
「なんで!?なんでなのよ!?」
必死になって開けようとしても開かない。
さらに焦った私はもう一度扉を開けようと試みた…その時だった。
扉のガラス面にカマキリの姿が見えて、振り向くとカマキリは今まさに私を狙ってハンティングポーズを取っていた。
驚いた私は咄嗟に横に飛んだ。
直後、カマキリの鎌が私を襲い、鎌先が背中に届いて猛烈な灼熱感を感じた。だが、痛みよりも恐怖が勝っていた私は構わずに靴箱を盾にしてカマキリの追撃を躱そうとしたが…、
「痛っっ!!」
思わぬ痛みが後からやってきた。
背中の灼熱感とはべつの痛みだった。
玄関に来る前、渡り廊下前の階段を降りる前に転んだ時に足を捻っていたみたいで、右足に鈍痛のようなジクジクした痛みが私の機動力を奪った。
足首が腫れて思うように動けずにいると、ハンティングに失敗して怒ったのか、羽を広げたカマキリが靴箱を押し倒し始めて、ドミノ倒しのように靴箱が崩れていく。
私はまだ無事な左足に力を込めて、なんとかドミノ倒しから逃げるが、まだカマキリが私を狙っていた。
羽を広げて怒りを露わにしてユラユラと迫ってくるカマキリ。
そのカマキリから逃げようと右足を引きずりなが距離を取ろうとしたが、目線の先を見て絶望する。
「あ…あぁ………!」
またカマキリが居た。
しかも4匹。
その4匹全部が私に視線を向けている。
また前後を挟み撃ちにされて、私は座り込んでしまった。
私を認識した羽を広げたカマキリが、これ幸いかのようにニヤリと笑ったように見えた……とその時、カマキリの顔が縦一文字に割れ目が入った。
そしてその割れ目から何かが顔を覗かせる。
人の顔だった……。
しかもその顔は、用務員さんだった。
「タス……ケ…て……くれぇ………」
粘液まみれで、虚ろな眼、そして嗄れた声で私に助けを求める台詞を言う。
それに呼応するかのように、4匹のカマキリ達の顔も縦に割れ目が走って何かを覗かせる。
それぞれ見せたのは、犬や猫、カラスなどの顔だった。
そして各々に悲痛な……助けを求めるような鳴き声を上げる。
異常な光景に私は頭がおかしくなりそうになった。
助けてほしいのコッチなのに…………。
用務員さんの顔をしたカマキリが目前まで迫ってきた。
このまま……私は…………食べられる?
こんな理由のわからない状況で……わたし…………。
グルグルの頭の中がいろんな感情と恐怖とか混ざって、羽を広げたカマキリが迫ってきても、私は座り込んでしまった。
そして無情にも、カマキリがその両鎌を私に向けて振るってきた。
殺されて、食べられる。
その恐怖が再度頭の中で過ぎり、無駄だとわかっていても両腕をクロスさせて目をつぶった。
………………?
痛みが襲ってこない?
私はそっと眼を開けた。
すると、私の目の前で、小人……?手のひらサイズの小さな女の子が宙に浮きながら、両手をカマキリに翳して、私を中心にした光の膜のようなものでカマキリの鎌を止めていた。
「間に…合った……!!」
突然の状況に呆然としていると、小さな女の子が私に声を掛けてきた。
「栗原佳鈴ちゃんよね?」
名前を呼ばれて驚いて、思わず私は首を縦に振る。
「え…っと、あなた、なに?」
「ごめん、ちょっと待ってて?コイツ力強すぎて結界が揺らぎそうなの!」
またしても狩りを失敗したカマキリが羽バタつかせて怒りを露わにし、光の膜に向かって何度も鎌を振り上げた。
光の膜に鎌が直撃するたび、小さな女の子に負担がのしかかるみたいで、その子は額に汗を流しながら耐えていた。
「ったくも〜!早く来なさいよ龍太郎!!」
…………え?
突然龍太郎の名前が出て来た。
なんで……?そう思ったその時だった。
玄関が突然斬り刻まれて、ドミノ倒しで崩れた靴箱も寸刻みのようになって音を立てて崩れる。
カマキリが音に反応して玄関の方へ振り向いた直後、カマキリが一瞬でバラバラになった。
斬った張本人を見て、私は目を見開いた。
「龍太郎!遅い!」
「悪ぃ、少し手間取った」
小さな女の子が、刀を持った男の子の名前を呼んだ。
見慣れたその姿の男の子は、私の家族で、同い年の弟だった。
「龍…太郎………?」
「あぁ…俺だ」
暗い非常灯の光のなか、刀を持って、紅い眼を光らせながら彼はそう答えた。
今日この日が、私が龍太郎を鬼だと知った日だった。
ここからようやく物語は動きます。
人外討魔伝記、始動します!