第10話 感謝の気持ち
莉桜ちゃんの遺体が見付かって数日が経った。
彼女の遺体の損傷具合から警察が事件性の高さを考えて捜査本部を置き、捜査を進めていた。
莉桜ちゃんは司法解剖に回され、警察は死因を首からの傷からの失血死として判断し、事件と事故の両方で捜査が開始された。
クラス内でも彼女の死が衝撃的だったらしく、学校内でも話題になってしまっていた。
私はあの時のショックでしばらく学校には行けず、ずっと休んでいたが、今日、莉桜ちゃんのお葬式に出席していた………。
休んでた間、ずっと泣き腫らしていたせいで、私の顔は目が赤く腫れていた…………。
食べ物もほとんど喉を通らず、少し食べては吐いてを繰り返してしまい結構痩せてしまっていた。
その様子を見てクラスメイト達が心配してくれたが、私は虚ろな表情で空返事で返してしまっていた。
葬儀がはじまり、出棺して火葬される幼馴染みを見てさらに泣きじゃくり、龍太郎が優しく介抱してくれたが、それでも嗚咽は止まらなかった。
そして火葬を終えて、遺骨になって骨壺に収めて、私は莉桜ちゃんのお母さん、月見里瑞希さんに家に招かれていた。
「はい、どうぞ」
紅茶をさしだされて、その香りが私の鼻腔をくすぐると、その香りに覚えがあった。
「………これ」
「ふふ、覚えてくれてたのね。あなた達が紅茶ブレンド体験の時に作ってくれたものよ」
中学生の時に、紅茶が好きだった莉桜ちゃんが茶葉から作るブレンド体験というチラシを持ってきて一緒に応募して作ってきたものだった。
アッサムの甘味の強い香りと、少し隠れたダージリンのマスカットフレーバーの香りが顔を覗かせ、飲むとクセが無く、砂糖のちょっとした甘味をダージリンの渋みが口内をスッキリさせてくれる。
「ちょっとづつ飲んでたんだけどね、もうあと少ししかなかったから、ね」
少し淋しそうな表情をしながら、愛娘の作ってくれた紅茶を飲むおばさんに、私は罪悪感で押し潰されそうになった……。
「ありがとうね佳鈴ちゃん。莉桜の為に泣いてくれて」
一口紅茶を飲み、おばさんが私にそう言うと、私はさらに罪悪感を覚える。
「おばさん………わたし…………」
感謝されるような………むしろ私は、莉桜ちゃんを死に追いやった張本人と言っても過言じゃない。
心臓がギュッと押し潰されそうになる……。
するとそこに、飼い猫のグラピーがリビングにやってきて、私の膝の上に飛び乗った。
グラピーは喉をゴロゴロと鳴らして、私に甘えてくる。
「グラピー………」
「…………やっぱり、グラピーもわかってたのね」
私の膝の上で甘えるグラピーの頭をおばさんが優しく撫でる。
「この子もね、莉桜が死んだってわかってたみたいで、今日までご飯も食べず、水も飲まないで、ずっと莉桜の部屋のベッドの上でジッとして動かなかったのよ」
グラピーは、私と莉桜ちゃんが幼稚園児の時に一緒に拾ったサビ猫だった。
雨でずぶ濡れで震えてたところを二人で見つけて一緒に連れて帰って、私のところはペット不可のマンションだったから莉桜ちゃんがおばさんを説得して飼い始めた。
私からすれば、もう一人の幼馴染みと言ってもいいくらいの子だ。
「動いてるところを見れて、少し安心したわ」
グラピーを撫で終えると、おばさんは今度は私の頭を撫で始めた。
「佳鈴ちゃんも、ずっと暗い顔をしてたから………ちょっとは元気でた?」
「…………はい」
おばさんに気を使わせてしまった……。
お互いに片親、シングルマザーとシングルファザーで家族ぐるみの付き合いだった私達は、今じゃ本当の家族のように過ごしてきた。
だからこそ分かってしまうのだろう。
実の娘と一緒に育ってきた私の心情を………。
「あとね、コレを受け取って欲しいの」
おばさんが私に小さい箱を差し出し、私はそれを開けた。
その中には、可愛い猫の形をしていたピアスが入っていた。
「これね、莉桜がバイトして貯めたお金で買った物なの」
「え…?莉桜ちゃんバイトしてたんですか?」
一緒に居たのに、全然気が付かなかった。
「家でやるバイトだって。ほら、莉桜人前に出るの嫌がる子だったし………」
……それもそうだった。
なんせ莉桜ちゃんは緑色の眼。人類の凡そ2%の確率で生まれる。
北ヨーロッパの特に、アイスランド、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーなどに多く見られ、また南ヨーロッパ、中東、中央アジアにも多少見られるみたいだ。
莉桜ちゃんが産まれた当時、緑色の眼のことを知らなかった旦那さんと両親、義両親から不倫と託卵を疑われて、おばさんは離婚している。
以降おばさんは女手一つで必死になって育ててきた。
たとえ緑色の眼だろうが、この子は私の娘だという気持ちを胸に抱いて、愛情いっぱいに接してきた。
とはいえ、緑色の眼は珍しい事には変わりない。
そして人間は、そんな珍しいのに惹かれやすい。
幼稚園の時に………。
『うぅ……やめてよ〜〜!』
特に子供は自分と違うものを持っている子には容赦が無い。
『みどりのめなんてぜったいにガイア人だよ〜!』
『そうだよ!ガイア人ならいかりのパワーでスーパーガイア人にへんしんできるんだぜ!!』
『ちがんもん!わたしガイア人なんかじゃないもん!』
とくにそういうものに酷似している人や物を見立てにして遊ぶが、相手が人なら、その人の気持ちもお構いなし。
思うような展開にならない事にしびれを切らした男の子は、カマキリを莉桜ちゃんの頭や服に引っ付けて、莉桜ちゃんはギャン泣きした。
で、そこに龍太郎がその男の子に飛び蹴りをブチかまして、私と一緒に莉桜ちゃんのカマキリを取り除いた。
『なにすんだよ!いたいだろ!ひとのきもちをかんがえろよ!!』
男の子が反論すると、龍太郎はさらにブチ切れた。
『きもちかんがえろってんなら、ないてるあの子のきもちをかんがえろ!!』
人の気持ち…の人の部分が他人と入れ替わってる事に怒り、あの子達は龍太郎にボッコボコに殴られ、ついでに前歯が折れて大怪我をさせる問題を起こした。
当たり前だけど、折れた歯は全部乳歯。
「アレから莉桜、あなた達の後に付いてくるようになったのよね」
バイオレンス色全開の幼年期での出会いを私も思い出して、ちょっと恥ずかしくなって私は顔が赤くなった…………。
完全な黒歴史(汗)
「あなた達に出会ったからこそ、莉桜もあそこまで元気になれたんだと思うのよ」
紅茶を少し嗜み、おばさんは優しい笑みを浮かべた。
「莉桜はね、いつも佳鈴ちゃんたちに何か恩返しがしたいって言ってたの。だからコレをプレゼントしようって………だから、受け取ってもらえると嬉しいわ」
…………莉桜ちゃん、私こそ……貴女に、何か恩返しがしたかった。
私達と出会ってくれた事に……感謝するのは、私もなんだよ…………。
私は再び涙を流し、ピアスを手にとって両耳に着けた。
耳たぶより小さな猫がユラユラと私の動きに合わせて動き、ちょっとキラキラさせながら私の耳を輝かせた。
「良く似合ってるわよ。大切にしてあげてね」
大好きな莉桜ちゃんからの、最初で最後の贈り物に、私は再び号泣しておばさんに優しく抱きしめられながら泣いた。
膝の上にいるグラピーも、私の涙を舐めて、慰めてくれるように私のお腹を前足でフミフミした。
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○○署高校生変死体遺棄事件本部
数日前に変死体として見付かった月見里莉桜ちゃん。
彼女は、一人の刑事さんの知り合いだった。
その刑事とは家族の様に親しく、娘と息子とは幼馴染みとして家族ぐるみで仲が良かった。
彼の名前は、栗原晋也警部。
佳鈴と龍太郎の父親だ。
この本部の責任者として勤めている。
どんな小さなことでも良い。
分かったことを報告してくれ!と、あらゆる情報を物証を、証言をかき集めた。
その中の一つに、莉桜ちゃんのスマホのRainの送信記録があった。
送信履歴は、18:50分。
「あ
る
へ
め」
という意味不明なメッセージが送信されていた。
莉桜ちゃんの死亡推定時刻とほぼ合致していることから、この時に彼女は死んだものと推測されていた。
その時刻、いつ、何処に、何をしていたのかを重点的に調べていた。
そしてそのメッセージが送られていたのは、まさか娘の佳鈴にだった。
さらに不可解な事に、どこでこのメッセージが送信されたのかが分からなかった。
普通そういう記録は、Rainの管理会社に問い合わせれば位置情報というのは警察の捜査協力を仰げは、時間は掛かるが割り出すことは出来る。
しかし不具合か、または電波障害かで場所が特定出来なかった。
この事実は意外な形で佳鈴が知ることになる。
誰か、この伏線もどきに気付いてください。
気付いたら、『は?』『なんで?』となれると思います。