第9話 莉桜
大元のカマキリを仕留めて、莉桜ちゃんの遺体を抱えた龍太郎は私の前まで歩いてくる。
「あんまり迂闊に動くな。肝が冷えたぞ」
「ごめん、龍太郎…………)
差し出された手を握り、立ち上がりながら龍太郎に謝った。
………でも…だって…………。
「………そんな顔してたら、莉桜が逝くに逝けねぇよ」
龍太郎は抱えてた莉桜ちゃんの遺体を壁際にそっと下ろした。
「……莉桜ちゃん…………」
あらためて莉桜ちゃんと対面すると、彼女はまるで眠ってるような表情だった。
致命傷となった首から肩にかけての傷は酷いものの、それ以外は………………。
「ごめんなさい莉桜ちゃん………私……………わたし………………」
……あの時、私は恐怖で動けなかった。
「明日…お泊まりの約束してたよね……買い物だって……………それから…」
龍太郎にアプローチをかけて………それから…………………。
ずっと一緒だった。
一緒に遊んで、勉強して、話して、冗談も言って……。
私にとって、莉桜ちゃんは大切な幼馴染みだった……。
でも……まさか、こんな形で…………。
「う………あぁ…………」
ダメだ………もう気持ちがグチャグチャだ…………。
「ごめんなさい莉桜ちゃん……ごめんなさい…………」
私は莉桜ちゃんの遺体を抱きしめて、泣いて謝った。
「龍太郎、そろそろ」
「………ああ」
嗚咽する私の肩に龍太郎が肩を置く。
「佳鈴、そろそろ動かないとまずい。莉桜をコッチに……」
「イヤ!!」
私は龍太郎の手を振り払った。
「私のせいで莉桜ちゃんは死んじゃった!! 私が莉桜ちゃんを見捨てて逃げなかったら……莉桜ちゃんは……………莉桜ちゃんは……………」
涙でグシャグシャになった顔で龍太郎に噛み付いた私は、ただただひたすらに後悔を吐露した。
それだけ私にとって、莉桜ちゃんという存在が大きかった。
お母さんが死んだ時、お葬式のあとずっと塞ぎ込んでた私を気に掛けて、私を慰め続けてくれた。
だから…………あの時……私が代わりに…………
「後悔してるなら生きなさい」
朱里さんが少し厳しい口調で私に言い放った。
「佳鈴ちゃん、貴女にとって莉桜がどれだけ大切な人だということはよくわかったわ。だけどね、貴女莉桜の代わりに私がとか考えてない?」
私の想いを見透かしたように朱里さんは言葉を続ける。
「それはね、貴女を庇って死んだ莉桜に対する冒涜に等しい想いよ。生き残ったのなら、必死になって生きなさい。莉桜も、そう願ってるわよ」
厳しい口調で莉桜ちゃんの為に生きろと叱責した朱里さんに、私は言い返す事が出来なかった………。
言いたいことはわかる……………わかるけど…………………。
「今は無理にそう思わなくてもいいわ……。だけど、どこかで必ず整理しなさいね」
朱里さんは少し私から離れると、龍太郎と目配せをしてから両手を広げ、聞き慣れない言葉で呪文のような言葉を紡ぎ始めた。
すると体育館が歪み始め、歪みが強くなっていくと空間が白い炎で覆い尽くし始めた。
これって一体………?
「妖魔の作り出したこの空間を、朱里が浄化してるんだ」
「空間……浄化…?」
「……ゲームやラノベなんかでよくあるだろ?裏世界とかなんとか………。そういったのだよ」
そういった言葉は確かにクラスの会話で聴いたりした事はあるけど、アレってあくまで2次元の話とかだよね?
現実でこんな光景を見せられて色々混乱していた私はあまり理解してなかった。
「まぁそういったのは、後々話してあげるわよ」
朱里さんは両手を広げながら浄化を続けていくと、あの闇が迫ってくるような圧迫感がなくなり、いつも通りの体育館内となっていった。
朱里さんが浄化を終えると、龍太郎は莉桜ちゃんの遺体を再び抱きかかえた。
「莉桜はまだ運が良い方だ。アッチに取り残されてたら、供養すらも出来ない……」
龍太郎はもう…既に莉桜ちゃんの死を受け入れていた………。
その時の龍太郎の顔は紅い目を光らせながら、後悔と懺悔で顔を曇らせいた…………。
「朱里、佳鈴と先に帰っててくれ………俺は……………」
「わかってる。行ってきなさい」
朱里さんの言葉に、龍太郎は莉桜ちゃんを抱えて学校を後にした…………。
私は…まだしばらく動けそうにもなかった。
時刻は午後20:30分。
たったの2時間程でいろんなことが起こり過ぎた。
今もまだ頭がパンクしそう……。
常識では説明出来ない超常の存在。
幼馴染みの死。龍太郎が鬼。妖魔。裏世界。
特に莉桜ちゃんの死が1番大きくのしかかった。
「莉桜ちゃん…………ごめんなさい………………」
私が泣いている間、朱里さんは黙って私を待っててくれた。
泣き疲れてようやく私は動き出したあとも、朱里さんは何も言わずに私の近くに居てくれて、無事に帰路についた………。
後のことは、覚えていなかった……。
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私がベッドで寝たあと、龍太郎は静かに帰ってきた。
静かに扉を閉めると、奥から朱里さんが龍太郎を出迎えた。
「おかえりなさい」
「あぁ………………」
粘液と血で汚れた制服をカバンから出し、龍太郎は洗濯機にシャツを入れて洗濯を回し始めた。
「龍太郎、大丈夫?」
「…………大丈夫に見えるか?」
「…………ごめんなさい」
「いや………」
しばらく沈黙が続く………。
気不味い雰囲気だったが、龍太郎が朱里さんに問う。
「……あの後、何か分かったか?」
「………………分かった事は、一先ずあの空間に招かれる条件が解ったってくらいね」
妖魔の作り出す空間は、入るためには特定の条件を満たす必要があったりする。
例を持ち出すとすれば、有名なところでは吸血鬼なんかだろう。
吸血鬼は強力な力を持ってはいるが、招かれないと襲おうとする人の家に入る事は出来ない。
これは夜には出歩いてはならないという戒めのために作られた設定と有名なところだ。
だが今回私が経験したあの妖魔空間には、とある簡単な条件で入ることが出来てしまい、その多くが犬や猫といった動物達、ときどき人といった具合だった。
「学校の校門を中心とした半径20メートル以内で、来た道を戻って、校門に入る。京都の渡月橋を参考にでもしたのかもね」
渡月橋、十三まいりを参拝した子供は、帰りの際、渡月橋を渡りきるまでは「後ろを振り返ってはいけない」。 振り返ったらせっかく授かった知恵を落としてしまう。 渡月橋は、あの世とこの世を結ぶ橋である。というのは有名だ。
そしてその仕掛けに気付いた理由は、あの道祖神だった。
「佳鈴ちゃんがあの道祖神と縁を結んでくれてたおかげで、私達はあの妖魔空間に気が付くことが出来た。佳鈴ちゃん様々よ」
あらゆるものに神は宿るとされる神道。
大抵は付喪神とかになったりするが、あの道祖神は小さいながらも意思が宿り始めていた。
それは、ホントに小さい意思。
しかしその意思も、今では無くなっていた。
「あの子達には、ホントに感謝しかないわ……」
「…………そうか」
龍太郎も、あの道祖神にはいつもお参りしていた。
だからこそ、身代わりとなって首が折れた瞬間に龍太郎の背中に悪寒が走り、駆け付けて身代わりになった道祖神達の状況に驚きはしたものの、その道祖神の首から妖魔空間の痕跡を見つけて出して、そこから無理矢理妖魔空間に侵入を果たした。
あとの展開は知っての通り。
「私は報告に行ってくるわ」
「わかった………」
ベランダを開けて、朱里さんは何処かへ向かおうとするが、彼女は振り向いて龍太郎を気に掛ける。
「龍太郎……辛いでしょうけど…………」
「背負い込むな、だろ? けどわかってるだろ………俺は…………」
皮肉交じりの笑みを浮かべながら、龍太郎は自身の左手で握る仕草をすると、彼の左手には一瞬で具現化した、鞘に収まったあの刀が握られていた。
「重荷ならもう背負ってる。今更だ」
龍太郎の言葉に朱里さんは「そうだったわね……」と返した。
「けど………………それでもよ。佳鈴ちゃんを守れるのは、龍太郎だけなんだから」
そう言い残すと、朱里さんは何処かへと飛んでいった。
「………佳鈴は俺が守る。そう誓ったさ」
刀を手にしながら、龍太郎はお母さんの遺影の前に立ち、線香一本火をつけて供えた。
翌日、莉桜ちゃんの遺体は学校近くの公園の遊具の側で発見された。