【10-12】
『魔血石は、魔力だけでなく生命をも奪う恐ろしい石だ。お前には俺の加護が効いてるから石ごときにお前の命をくれてはやらなかったが、普通の人間なら干からびたようになって死ぬ』
真面目な口調でそう話すルカニエル。
聞いているだけで恐ろしい石だとわかるのだが……
『ちょっ、ちょっと待って。ルカニエル……私って……?』
『ん? あぁ、さっき死んだ』
なんて容赦がないのだろう。エレーヌはショックを通り越して唖然としてぽっかりと口を開ける。
お願いだから、もう少し言葉をその白いベールみたいな翼にでもふわっと包んで伝えてはもらえないだろうか。
……そりゃあね、“生きているだけで罪なのだから、もう命を落として全てを終わりにしたい”って確かに思ったわよ? でもね、何なのこの、イメージしてた”全てを終わりに”の感覚と現状とのズレ。もっとこう、パッと解き放たれるような、もしくは真っ暗で何もない世界のような、あぁ死ねたのねって思えるような……。それなのに現実はイメージとだいぶ違うのだけれど?
そんなことを考えつつ、何はともあれどうやら自分の寿命はよくわからないうちに尽きたらしい。
自らに向かって十字を切り、悲しい現状を無理矢理飲み下すと、エレーヌはルカニエルに目を向けた。
『私は天国には行けないのよね? 地獄行きかしら……』
呪いのせいとはいえ、人を3人も殺めているのだ。
『いいや、どちらでもないな。お前が死んだ時に、或いは呪いが解けてくれればと思ったが……残ったままのようだ。呪いを受けた魂のままだと、そもそもどちらにも行けずにここを彷徨う』
『私、人間の世界にずっといられるの?』
『そんな喜ぶようなものではない。呪いを受けた魂は邪悪なものと化す。いずれ完全なる魔物となって人間に害をなす存在となるだろう。そうなれば、強力な魔力を持つやつに倒してもらうのを期待するか、一時だけでも封印してもらうか、神の慈悲を期待するか……まぁ最後のはほぼ期待できない。お先真っ暗ってやつだ。それは俺も同じだろうけどな』
『そ、そんな……魔物になるなんて嫌よ!』
『だから呪いを解くしかないんだ』
結局そこに行き着くらしい。
エレーヌは気持ちを落ち着けるように一度目を瞑ると、覚悟を決めて目を開いた。
『それで……魔血石? 生命を奪うの?』
『あぁ、そうだ』
先ほどジャスパーが「実験したやつらはみんな死んだ」と話してるのが聞こえた。
『まさか……人を魔血石に……?』
エレーヌは罪の意識に唇をワナワナと震わせる。自分の描いた魔法陣が使われているに違いないからだ。呪文だって、詳しく聞きたがるマイロに説明して教えてしまった。自分のせいで多くの命が奪われているのだとしたら自分は重罪に等しい。
『そんなのダメよ! どうしよう、私のせいだわ。一刻も早く止めなくちゃ』
『どうやってだ? お前の姿は人間には見えないし、お前の声も人間には聞こえない。それに止めたくとも、お前の手では何も物を掴めないぞ』
エレーヌは死者の無力さを今さら思い知る。
『と、とにかく……現状把握よ。ルカニエルも一緒に来て』
『えー、めんどくせぇ』
『だって、あなたしか頼れる人はいないのよ。……人? ところであなたって何者なの? お化けか悪魔? 確か、天界から堕とされたって……堕天使?』
『あー、あの話か。ほぼほぼ嘘だ』
『嘘!?』
『あぁ。お前に危機感を持ってもらうためにな、俺が一芝居打ったんだ。だが王子の旦那と公爵家の婚約者と腹黒彼氏モドキが燃えて……無駄だったけどな』
『信じられない……。それなら結局あなたって何者なの?』
『俺? バカンス中の熾天使』
……シテンシって何かわからないわ。しかもバカンスって何よ。
『と、とにかく頼れるシテンシはあなたしかいないの』
『……』
『お願い』
『……あーもう、お前は狡いな。俺がお前を気に入ってるのを知ってるくせにそういうことを言うんだからな』
狡いと言われようが何だろうが、とにかくマイロとジャスパーが何をしているのか把握しなければ。
『行きましょう、ルカニエル!』
ルカニエルの大きな溜息を無視して、エレーヌは牢を飛び出した。
長かったエレーヌの過去編。
次の更新分からようやくシェリルたちが再登場します。
追記:執筆に専念するため、年末年始中は少々更新をお休みいたします。