【10-08】
※少々過激な表現が含まれます。
それは咄嗟に距離をとってしまうほどの烈火。その見覚えのある不気味な黒い炎は、かつてどうやっても消えてはくれなかった悪魔の炎だ。
「ぎゃぁあ゛ぁーーッ! 熱ッ、熱いぃ!」
「――ッ! グリフィン!」
床を転げまわるグリフィンを、エレーヌは何もできずにただ怯えながら見つめる。
「熱い゛ぃぃぁあ゛ぁぁぁ、助け……て、誰か、ぁぁ……」
グリフィンは叫び声を上げながら、開いていた小屋の扉から外にノロノロと這い出る。
「助……け……て――……」
やがてドサッと地面に倒れ込んだグリフィンはマグマのように赤くどろりと融け、次第に黒い灰へと変わっていく。
エレーヌは恐怖でブルブルと震えて嘔気を催すのに、その罪を目に焼き付けろと告げられたかのように目の前の恐ろしい惨状から目が離せなかった。
まただ……また同じことが……。
「なっ……何なんだ、今のはどういうことだ! 何が起きた!」
小屋の外にはジャスパーがいて、そして叫び声を聞きつけてすぐにマイロとメリッサが駆け付けた。
「何だこの臭いは……ッ! 何が燃えてるんだ」
マイロが口元を手で覆いながら問うと、ジャスパーが声を震わせて告げる。
「グリフィンだ! エレーヌに近づいたら急に炎を上げて燃え始めたんだ!」
「何だと?」
「エレーヌが何かしたに決まってる!」
ジャスパーの言葉にエレーヌは目を見開いた。
どうしてジャスパーが小屋のすぐそばにいたのか。いつからいたのか。様々な疑問が頭に渦巻く中、一つだけわかることがある。
見られてはもう、隠しておくことはできない……。
メリッサが取り乱しながらグリフィンの名前を呼ぶ間にも、あっという間に骨もろとも灰と化したグリフィンの姿はやがて塵となり、風に吹かれて闇の中に跡形もなく消えていった。
呆然とするジャスパーと泣き崩れるメリッサ。するとマイロはギロリと睨みを利かせながらエレーヌに近づく。
「エレーヌ様、何が起きたのか説明を。燃えていたのがグリフィンというのは本当か?」
「……ッ……ご、ごめ……ごめ……なさい」
するとマイロの目が鋭く細められ、恐怖に身を縮めるエレーヌの奥歯がカチカチと音を鳴らす。
「一体どのようにして?」
エレーヌは首を何度も横に振りつつ答える。
「わか……らない。でもきっと……私にかけ……られた……呪いの、せい……っ……で……」
「呪い?」
「印が……あるの……」
震える手で僅かに服の胸元を開けて片翼の印をマイロに見せると、「ほぉ……」と声を上げたマイロはニヤリと笑う。
「あなたは、その呪いのことを知っていてグリフィンに近づいたのか?」
知って……いて……? 知って……いた……。知っていたけど……。
エレーヌは平静さを失って、ガタガタと震えながら首を大きく横に振る。
「違っ……違うの……、私はただ……」
するとメリッサが唸り声を上げてエレーヌに近づき思い切り頬を殴ると、倒れ込んだエレーヌに馬乗りになる。そして獰猛な息遣いと叫び声と共にエレーヌの首に手をかけた。
「この悪魔! よくもグリフィンを……! お前なんか……お前なんか死んでしまえ!」
ギリギリと強く絞められた首では息ができず、でも次第に白んでいく視界を苦しみの中で享受する自分がいた。
もう誰の命も奪いたくない。そう思うのに、そう望むのに、また命を奪ってしまった。
口では皆の祝福を願いながらも、心の奥底で本当に願っていたのは自分を愛してくれる存在。慈愛を向けてくれる母のいないエレーヌが願った、離れていかない存在を欲する気持ち。
ただ誰かに愛されたくて、愛されたくて、愛されたくて……愛を欲してどうしようもなかった自分。
そんな自分は愚かで、浅ましくて、貪欲で……生きているだけで罪なのだから、もう命を落として全てを終わりにしたい。
……あぁ、やっと私は死ねるのね。