【10-06】
目の前に降り立ったルカニエルは、許可もなく自分本位にエレーヌの手首を摘まみ上げるようにして掴む。
『細いな』
「放して」
『何がドラマティックな未来だ。クズどもが。強欲な人間に利用されるお前の食事は、パン一つと野菜屑のスープ一杯。そして好きだとか家族だとか言いながら、体力を削られる魔力石の生成を幾度となく要求する。愚かな人間が恨めしいだろう?』
「……食べられるだけで感謝すべきことよ」
力なくルカニエルの手を振り払うと、ルカニエルはフンッと鼻で笑う。
『相変わらずおめでたいやつだな。お前のその偽善には虫唾が走る』
「どうとでも言えばいいわ。私はただ――……ただ……ッ……」
『どうせ“皆に祝福を”だろう? くだらない』
「くだらなくなんてないわ。だって、私は生まれた時から罪人だから……。その上、夫となった二人の命まで奪ってしまった。その人たちに分け与えて残った分を私が食べているだけなのよ」
エレーヌは、国王と側妃の間に生まれた子で、国王の一番最初の子だった。
誰よりも国王の寵愛を受けていた母であったが、エレーヌを出産後すぐに命を落とし、それを国王は酷く悲しんだという。
その後、正妃に王子が生まれたものの国王の悲しみは深く、母を失った日でもあるエレーヌの誕生日は一度も祝われたことがなかった。エレーヌの誕生日は、王にとって祝う日ではなく悲しむ日だったのだ。
「私はもうずっと罪人なの。母の命を奪い、夫二人の命を奪い……人の命を奪ってばかりの罪人。恨むなら……自分だけが恨めしいわ」
体を縮めて俯いていると、ルカニエルが大きな溜息をつく。
『愛を乞い、必死に生きようとしたあの時のお前はどこへ行ったのだろうな』
「……」
『なるほど、愚かなのはお前の方か。……いや、お前も人間だ。奴らと同じ愚かで脆い人間というだけだ。つまらんな』
つまらん、つまらん、と繰り返す声を聞きながら、エレーヌは頭をふわふわと撫でる柔らかな感触を黙って受け入れる。
ぼんやりと床を見つめていると、美しい純白の羽に時折黒の混じったボロついた羽がはらりはらりと舞うのが見えた。
数日後の夜、何もする気が起きずにぼんやりと小屋の隅に座り込んでいると、コンコンと扉をノックする音が鳴り、エレーヌはビクッと肩を震わせる。
「は、はい」
「エレーヌ、ちょっといいか?」
グリフィンの声だ。あまり二人きりにならないようにここ数日はなるべく避けていたが、ここに来られては避けようがない。
急にあからさまな態度をとることもできず、エレーヌは小屋の扉をソロソロと開ける。
すると月明かりだけでもわかるほど顔を赤くして、虚ろな目で見つめるグリフィンがいた。