【10-05】
それから1年が経った頃、エレーヌのそばにはグリフィンがいた。
グリフィンはジャスパーとメリッサの息子で、エレーヌの5つ年下。弟のように思っていたグリフィンとは何度も顔を合わせるうちに打ち解け、次第に仲を深めていった。
「エレーヌ……これ、今日町で見かけて……君に似合うと思ったんだ」
グリフィンは照れた様子でエレーヌに指輪を手渡す。
「まぁ、嬉しいわ」
何かお礼をしたいと思ったエレーヌは、メリッサに道具を頼んで白いハンカチに刺繍をしてグリフィンに贈る。
こうしていつしか「エレーヌが好きだ」と愛の言葉を囁くようになったグリフィンにエレーヌもどんどん惹かれていった。そして二人は夫婦になろうという約束をするまでになったのだった。
「エレーヌは大事な家族ね」
メリッサもそう言って微笑む。
諦めていた愛のある結婚。真実の愛に辿り着けるかもしれない。
エレーヌは希望を持ち始めていた。
そんなある日――
「ごめんね、エレーヌ。また石をお願いしてもいい?」
グリフィンにそう言われてエレーヌは表情を曇らせた。
「えー、また?」
「あぁ。ほら、もうすぐ母さんの誕生日だろう? お祝いに何か買ってやりたいんだ」
誕生日……。お祝い……。
「……そう、わかったわ」
グリフィンだけではなく、一家の面々に何かと魔力石の生成を頼まれることが徐々に増えてきていた。
それでも世話になっている立場上、断ることが躊躇われてエレーヌは作り続けていたのだった。
数日後の深夜、喉が渇いて目を覚まし、外の水飲み場に足を運ぶ。
するとすぐそばにあるマイロたちが暮らす家の居間に明かりがついていて、開いた窓から僅かに声が漏れ聞こえていた。
はしたないこととはわかっていても、エレーヌはついつい耳を澄ませる。
「今日はこれまでで一番の儲けだったんじゃないか?」
「全ては魔力石のおかげだ」
そうだな、やったな、と浮かれたように笑い合うマイロ達。
自分の作った魔力石が彼らの役に立っていると思うと、エレーヌは嬉しかった。
ところが――
「イヴォンヌから渡された金ももう底を尽きるところだったが、ちょうどいい金づるができたじゃないか」
「あぁ。あのババアどころか、この世にこれ以上ないほどの金づるだ」
アッハッハッハ、とジャスパーの高笑いが響くと「あんた声がデカいよ」とメリッサが戒める。
するとひそひそとした話し声が聞こえてきた。
「いいなグリフィン、エレーヌをしっかり捉まえておけ。エレーヌの魔力石があれば、我らはもっと力を付けられる。そして子を授かれば子にも魔力を有する者が現れるかもしれん。そうなれば我らにはこれまでとは比べ物にならないほどの明るい未来が開ける」
「わかってるよ……。大金持ちになれば広い土地を手に入れられるかもしれない。そうすれば爵位への道も開けるって言いたいんだろう?」
「あぁそうだ。エレーヌはお前の嫁にするには年増だが、我慢してくれ。もうずいぶん魔力石で儲けたが、大きな土地を得るにはもう少し足りんのだ。別でちゃんと若い娘も用意してやるから安心しろ。まずはエレーヌとの子だ。頼むぞグリフィン」
「あぁ、仕方がない。それまでは頑張って姫の御機嫌取りをするさ」
「皆頼むぞ。さぁ、我らのドラマティックな未来に向けて乾杯しよう」
そうして彼らは楽しげに笑い声を漏らしながら祝杯をあげる。
チラリと覗き見た食卓には、酒や大きな肉やチーズが数多く並び、それは食べきれないほどの量で……エレーヌは息を潜めて自分の居住する小屋へ戻った。
建付けの悪い小屋の扉をなるべく静かに閉め、ようやく潜めていた息をハァッと大きく吐き出す。エレーヌはドアを背にして、胸を押さえながらズルズルとへたり込んだ。
胸が焼けるように熱い……。怒りが、悔しさが、惨めさが、雑多に混ざり合って心を占め、まるで灼熱を放つかのようだ。
自分を抱え込むように身を縮めていると、今一番聞きたくない声が聞こえてくる。
『1年でずいぶんと貧相になったじゃないか』
ルカニエルの声だった。