【10-02】
その半年後、16歳を迎えたエレーヌは隣国の王子の元へ嫁いだ。
だが嫁ぎ先の王子が初夜に忽然と姿を消す。エレーヌが暗殺を謀ったのではないかと疑われたが、肝心の王子の遺体は見つからず真相は不明。
それでも怪しまれたエレーヌは不吉とされ、1年後には離縁を言い渡されるとともに国に返された。
「ウッ……」
その恐ろしい光景は、1年経ってもなお思い出せば吐き気が込み上げる。
人が黒い炎に包まれ、跡形もなく燃え散る――夫となった隣国の王子はそうして消え去った。
ルカニエルがかけた恐ろしい呪いの実態を目にしたエレーヌだが、それを誰かに説明できるわけもなく、口を閉ざすほかなかった。
帰国後のエレーヌは、誰にも相談できないままその呪いを解こうと密かに浄化の魔術を研究。しかし浄化属性の魔術を操る能力を有していないエレーヌには発動できず、その呪いは一向に解けることはなかった。
そして呪いが解けないまま、数年ののちにエレーヌには国内の公爵家次男との婚約話が持ち上がる。様々な理由を付けて阻止しようとしたが、王の命には逆らえなかった。
しかし、その婚約者もまた結婚前に忽然と姿を消し、見つけ出されることなく1年が過ぎた。
離縁して王城に戻ったものの、続く不幸はエレーヌに原因があるのではないかとみなされ、その身は幽閉されることとなった。
幽閉先は、寂れた果ての地にある小さな屋敷。子どもの頃からよくしてくれた、足の悪い年老いた侍女・イヴォンヌと二人だけでの暮らし。王女として城で暮らしていた頃とは比べ物にならないほど質素なものだった。
だが、そこには小さいながらも教会があった。
「皆に祝福を。……お母様、私は今日も……今日も生きてる。お母様のおかげで生きていられる……」
そう言って教会で毎日のように祈りを捧げ続けたエレーヌ。
するとそこにルカニエルが現れた。
『よぉ、随分みすぼらしくなったな』
心無いルカニエルの言葉に、エレーヌは怒りが込み上げてならない。
「ルカニエル! 呪いを解いて!」
『一度かけたら解けない』
「そんな……なんて勝手なのよ!」
自分はなんと恐ろしいものに目を付けられてしまったのだろう。あの日、あの神殿にいた自分を恨めしく思う。
『最初の威勢はどうした?』
あんな恐ろしい光景を二度も見て、威勢よくいられるわけがない。
エレーヌは苛立ちを募らせながらルカニエルを嘲笑った。
「そういうあなたも、どうしたのかしら? 随分かわいそうな姿になったものね」
ルカニエルを見ると、12あった翼のうちの2つがなぜか黒く変色していた。
『そうか? なかなか洒落た姿だろう?』
「そうね、あなたにはお似合いよ」
するとルカニエルは怪しげな声で笑う。
『お前を慰み者にする程度にしか考えてなかった王子の藻掻き苦しむ様は、なかなかの余興だったぞ』
「――ッ、どうしてそれを!? 見てたの!?」
『次の20も年上の好色家の男はお前を少なからず愛していたようだが、お前が愛せなかったようだな。愛するお前に口付けすら許されずに燃やされて、さぞ無念だったであろう』
ククッと笑われて、エレーヌは白くなるほど握りしめた手を震わせた。
「黙りなさい! あなたの呪いのせいで、彼らは何の罪もなく命を落とすことになったのよ!」
『だからよく相手を選ぶことだと忠告したはずだ。それをしなかったお前が悪い』
エレーヌは言葉をなくしてクッと歯を食いしばる。ルカニエルから無事逃げるための口実だったとはいえ、自分が巻き込んでしまった夫二人は自分が殺めたようなものだからだ。
『さぁ、俺がかけた呪いの威力はわかっただろう? お前は次にどうやって俺を楽しませてくれるんだ? せいぜい足掻いて見せろ』
フッフッフッフ、とゲームを楽しむかのように笑ったルカニエルはそのまま姿を消した。