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【10-01】過去編/呪われた姫・エレーヌ

「皆に祝福を」



エレーヌ・ロザリー・エーデルアルヴィアは静かにそう呟くと、目を瞑って祈りを捧げる。


エーデルアルヴィア王国の美しき第一王女・エレーヌは15歳。


いくつかある王都とその周辺の神殿を曜日ごとに順に巡ることを日課としていて、その日もいつもと同じように心から祈りを捧げ、亡き母に向けて語りかけていた。



「お母様、私は今日も元気よ。お母様のおかげで――」


『あぁ……忌々しいことだ。憎き者と似た気配がするではないか。貴様、王族だな』



どこからか響く禍々しい声。エレーヌが息を殺して目を開けると、その声の恐ろしさとは釣り合いが取れないと思えるほどの、美しい純白のベールのような光り輝く翼が自分の体の周囲を包んでいるのが見えた。



「だ……ッ、誰?」



声が震えて止まらない。視界一面が真っ白で、相手の顔なんてどこにあるのかわからなくて、その未知の存在が恐ろしくて堪らないのだ。



『我が名はルカニエル。天界より堕とされ、この地に降り立った。憎き者に折られた翼は未だ元には戻らず、天界へと舞い戻れぬ。忌々しいことよ』



どこからか聞こえるおぞましい声を聞いていると体の芯まで凍えそうで、首に掛けられた手のような感触は氷のように冷たかった。



「憎き……者? それが誰かもわからないし、近しいかどうかも私にはわからないわ。それを見ず知らずの私に向けるなんて、八つ当たりもいいところね」



毅然としていたいのに恐怖心から声が震えるのが止められない。今にも気を失いそうだ。



『御託はもうよい。人間界にいるのはもう飽きた。先に神は戯れにこう言ったのだ。“お前にチャンスをやろう。真実の愛を持つ人間の間にお前が産み直された時、再び天界に戻れよう”とな。ちょうどいい。皆に祝福なんぞを望めるおめでたいお前に種を付け、孕ませて俺を再誕させるとしよう』



そのルカニエルの言葉にゾクッと震えが走り、同時に強い拒絶の気持ちが湧き上がった。



「冗談じゃないわ! 大体、あなたが産み直されるのは真実の愛を持つ人間の間でなければならないのでしょう? 私とあなたの間に愛なんて微塵も存在しないじゃない。せっかくのチャンスを棒に振るかもしれないわよ? それでもいいの?」


『ほぉ、それは一理あるな。では俺を愛せ』


「そんなこと、『はい、そうします』と言ってできるものではないわ。それに私はたった一人の愛する人にこの身を捧げるのが夢なの。だから嫌よ」



エレーヌがキッパリとそう告げると、ルカニエルはフッと笑いを零す。



『そんな夢物語、他国との政治に利用される王女のお前が実現なんてできるものか』



図星で言葉に詰まるが、ここで引くわけにはいかない。



「そ、そんなことはないわ。政略結婚だとしても、私を愛してくれる方はきっといるもの。そして私はその方のところへ嫁ぐの」



正直言って、ルカニエルから無事に逃げるための口実だった。なんとか言いくるめようと必死だったのだ。そうでないと、この禍々しい者の前から生きて帰れる気がしなかった。



『小賢しい娘よ。それなら見せてみろ』



そう言ってルカニエルが翼を一振りすると、突然、焼けつくような胸の痛みに襲われる。



「……ッ……な、何をしたの……?」



痛みに(うずくま)りながら必死に声を上げると、ルカニエルは飄々と告げる。



『お前を逃がさぬよう印をつけた』


「……印?」



痛みに震える手で自らの胸元を覗き込むと、黒い片翼の印が胸に刻まれていた。



『その印には俺の魂の一部と共に、強い呪いをかけてある。お前が真に愛する者と交われば俺は産み直されるであろう。ただしそうでない相手と交われば……どんな恐ろしいことが起きるだろうな。覚悟しておくがいい』


「何ですって? なぜそんなことを?」


『お前の言うように、チャンスを棒に振りたくはないからな。適当な相手を選んで適当に交わられては、せっかくの機を逃すことになるかもしれん。俺にだけ不利益なのは不公平ではないか』


「何が不公平よ! 私を巻き込んでおいて……勝手だわ!」


『皆に祝福をと願っていたのはお前だろう。俺だって祝福が欲しいのだ』



皆に祝福を願うのは本当だが、こんな未知の禍々しい者のために願っているわけではない。


グッと声を詰まらせていると、ルカニエルが話を続ける。



『よく相手を選ぶことだ。お前にとっても相手の心の真偽がはっきりしていいことではないか。互いにいいことずくめだな』


「どこが……全然いいことなんてないじゃない」


『なんだ、そういう相手を選ぶ自信がないのか? ならばすぐにお前を孕ませることとしよう』


「やっ、やめて!」



するとルカニエルはクスクスと嘲笑う。



『さぁ、真実の愛とやらを見せてみろ。そしてせいぜい足掻いて俺を退屈させないことだ』


「……本当に、私を心から愛する人と結ばれれば問題ないのね? 騙してない?」


『あぁ、嘘はつかん。俺にとってもその方が利点があるからな』


「わかったわ」



からかうように楽しげに笑うルカニエルの翼から解き放たれると、エレーヌは震える足に鞭打って神殿を飛び出す。


生きて出られたことが奇跡と思えるほどの恐怖と、現実味のない呪いの不気味さを密かに抱え、エレーヌは外にいた侍女らと城に戻った。


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